2116話 暁の出撃
翌朝。
まだ、朝早く空を駆ける取りすらも眠りに微睡んでいる頃。
夜明けの程近い薄暗闇の中で、テミスは傍らのシズクとユウキと共に、人気のないドックの中でリコとノルと向かい合っていた。
この拠点の主であるサンたちは、昨夜のうちに既にアイシュに呼び出されて合流しており、今ここに残っているのはテミス達だけだった。
「皆さん……どうか……どうか無事のご帰還をッ……!!」
「あぁ……行って来る」
「ありがとうございます」
「大丈夫だよ! 任せてッ!」
目に一杯の涙を溜めたリコが震える声で告げると、見送られる三人は三様の表情を浮かべて言葉を返す。
こうして見送っているノルとリコも、作戦を語り聞かせた当初は共に行くと言って聞かなかったものの、懸命に言葉を重ねてどうにか納得をさせたのだ。
「退路の確保はお任せください」
「ん……。だが、決して無茶はするなよ? お前達が斃れれば、我らも斃れるのだという事を忘れるな」
「本当の……本当にだよッ! ちゃんと待っていてくれなかったら……イヤだからね?」
「くふふっ! 大丈夫ですよ! 任せて下さいっ!」
「ぁっ……!! あははっ……!!」
静かな声で告げるノルの言葉から、テミスは並々ならぬ覚悟を汲み取ると、僅かに低い声で釘を刺す。
テミスにとって、リコはフリーディアからの、ノルはユナリアスからの預かりものだ。
自分達に比べて安全な役割とはいえ、それでも自分達の庇護下から外れる事に違いは無く、相応の危険は付き纏う。
それを知ってか知らずか、ユウキがリコを見据えて言葉を重ねると、リコはにっこりと笑顔を浮かべて、つい先ほどユウキ自身が告げた言葉をそのまま返した。
すると、ユウキは驚いた表情を浮かべて言葉を詰まらせた後、二人は明るい声で笑い合って。
「うん。きっと二人は大丈夫だよ! ボクたちをテルルの村で待っていてくれる」
「全く……何を根拠に……と言いたい所だが、野暮な話か。だが……ここから先は戦況が読めん。定刻を大きく過ぎても我々が戻らん場合や、我々の敗北が明らかになった場合は、躊躇わず撤退して本隊へ合流し、フリーディアに報告しろ」
「っ……!! そんなッ……!! 事ッ……!!」
その笑顔から得心を得たかのように、ユウキが傍らのテミスを見上げて頷くと、テミスはクスリと涼やかな笑みを浮かべて息を吐いてから、固い声色で再び念を押した。
だが、それを聞いたリコの反応はテミスの危惧した通りで。
つい先ほどまで浮かべていた笑顔は何処へ消えて失せたのか、不安に満ちた表情で縋るような目をテミスへ向ける。
リコの反応は、仲間の情に厚い白翼騎士団の騎士らしいものだ。
だが……ここからの戦いはそうも言っていられない。
旗手であるリコはもとより、ユナリアスの側近であるノルすらも、危険であると判断したからこそ、自分達がこれから向かう戦場から遠ざけたのだ。
そこで万に一つテミス達が敗れたとて、二人の力ではテミス達を救い出す事など叶うはずも無く。
そうなった場合に二人ができる事こそが、一刻も早く状況をフリーディア達へと伝え、ロンヴァルディア本隊を引き摺ってくる事なのだが……。
「こら。我儘を言うな。どうかご安心を。自分に課された役目は理解しているつもりです」
「でもぉ……!!」
「……そうか。悪いな。リコもどうか理解してくれ。お前達は私たちの命綱だ」
「うぅっ……! はいぃ……」
「っ……。……えぇ。本当に。どうして……あなた方はいつも……」
「ン……? 何か言ったか?」
「こちらの事は心配せず、御存分に……と言っただけです」
「フッ……。ならば任せる。ノル、リコ。我等の背中は預けたぞ」
「いってきますっ!」
傍らから一歩進み出たノルが嗜めると、リコは潤んだ眼をそちらへ向けて言葉を濁す。
けれど、ノル自身もその瞳には悔しさに似た感情が浮かんでいて。
それに気付きながらも、テミスは敢えて触れる事無く頷きを返し、て身を翻した。
同時に、これまで一言も発する事無く待機していたシズクが、二人にコクリと頷いてからそれに続き、最後にユウキが朗らかな言葉を残して続く。
「ぁ……! っ……!! ご武運をッ……!!」
「ッ……!!」
戦いへ赴くテミスの背に背負われた大剣は、既に巻き布が解かれており、薄闇の中でなお、刀身を形作るブラックアダマンタイトは黒々と輝いていて。
そんなテミス達の背に向けて、力強い見送りの言葉をリコが贈ると、その隣に立つノルはビシリと姿勢を正した敬礼を以て、戦場へと赴く三人を見送ったのだった。




