2111話 怒りの鉄拳
シズクの放った怒りの叫びに、固唾を飲んで様子を見守っていた酒場の者達が、一斉に歓声をあげ始める。
今の男たちは、同業者であるシズクに謂れの無い因縁を付け、無理矢理秘していた姿を晒させた暴漢だ。
男たちに応じていたシズクの正体が、ネルードを騒がせている大悪人では無い事が明らかになった以上、この場において非が男たちにあるのは明白だった。
「ッ……!! 誰が逃げるだッ!! テメェが賞金首じゃねぇんなら、もう用はねぇんだよ!!」
「お前達には無くとも私達にはあるッ!! あらぬ疑いをかけられ、こうして姿を晒してしまった以上、当然私たちは動き辛くなるッ!! その責任は取って貰うッ!!」
「何ィ……!? 獣人族がこの町に居ること自体がおかしいんだろうが!! んな事俺達が知るかよッ!!」
立ち去ろうとする男たちに向かってシズクが切った啖呵に応じ、足を止めた男たちが怒鳴り声を張り上げる。
しかし、既に自分達の掲げていた大義が間違いであったことが証明されてしまった今、この場に残っているのはあらぬ疑いをかけられ、一方的に損を被ったシズクだけで。
苦し紛れに述べた男たちの反論も支離滅裂なものと化していた。
「おいおいっ! 見たかよ!! あいつ等、自分達から因縁吹っ掛けておいて逃げるんだってよ!!」
「ありゃあひでぇッ!! 賞金稼ぎだか何だか知らねぇが、男の風上にも置けねぇ連中だな!」
「なんだっけか? 俺達は正義ッ!! だったか?」
「ギャハハハハハッ!!! よく似てるぜお前よォッ……!!」
「ッ……!!!」
シズクの啖呵に乗って、周囲の者が口々に男たちを囃し立て始めると、男たちも黙ってこの場を去る事ができず、表情を歪めて足を止める。
とはいえ、男たちには罵声が向けられ、シズクには歓声が送られている今、場の雰囲気は既に覆す事ができるようなものではない。
それを知っていて尚、男たちはちっぽけな自尊心を守る為に立ち去る事も出来ず、針の筵に留まらせられた。
「ひとまず、何か言う事があるのではないですか?」
「ッ……!!」
「そうだそうだッ!! 謝れェッ!!」
「都合が悪くなった途端に逃げてんじゃねぇぞ! 臆病者がよぉ!!」
黙り込んだ男たちを睨み付け、怒りの籠った声でシズクが問うと、援護射撃でもしているかの如く、周囲から男たちへ罵声が浴びせられる。
その声は次第に数を増していき、店内は瞬く間に見物人たちの『謝れ』の声で埋め尽くされた。
しかし、この男たちにとって、自分達が喧嘩を吹っかけたシズクに謝罪をするなど、到底許容できることではないのだろう。
二人は怒りと憎しみが籠った眼でシズクを睨み付け、身勝手な怒りで男たちの拳が固く握締められる。
その時だった。
「止めろ! そこまでだお前等ッ!! 揃いも揃って煽り立てるんじゃねぇッ!!」
飛び交う罵声を切り裂いて、店主の怒声が店中に響き渡ると、酷く騒がしかった店内が一気に静まり返る。
「言ったよなぁ? 揉めるんなら外でやれって。店の中でこういう事されると迷惑なんだよ小僧共!!」
ツカツカとカウンターから歩み出てきた店主は、テミス達に因縁を吹っかけてきた男たちを睨み付けると、低い声で窘めた。
このままでは戦闘に発展してしまう。
そう判断したが故に、こうして割って入ったのだろうが……。
「うるせぇぇッ!! 元はと言えば、コイツらが妙な格好してるのが悪ィんだろうがよォッ!!」
「っ……!!」
積もりに積もった鬱憤を晴らすかの如く、男の片割れが咆哮をあげると、傍らに置かれていた椅子を力任せに蹴り飛ばした。
謂れなき暴力に晒された椅子は激しい音を奏でて壁へと叩き付けられ、大きな音を立ててシズクの背後……テミス達が食事を摂っていた机へ向かって跳ね返る。
けたたましい音と共に吹き飛ばされる机。
しかし、これまで黙したまま席に着いていたテミスの両手には、いつの間にか二人分の皿が取り上げられていて。
撥ね飛ばされた机が転がっている傍らには、盛大に水をまき散らしたテミス達のジョッキが物悲し気に転がっていた。
「あっ……!!」
ゆらりと立ち上がったテミスの姿に、まず真っ先に声を漏らしたのはシズクで。
テミスが自身の腰掛けていた椅子の上に皿を置き、コツリと硬質な音を響かせて歩み出ると同時に、まるで道を譲るかの如く一歩脇へと後ずさる。
「向かって来たら、片割れはお前がやれ」
その傍らを通り抜けると同時に、テミスはボソリとシズクに告げると、一気に身体を強張らせる男な懐へと踏み込んだ。
そして……。
「食事の邪魔だッ!!! 鬱陶しいッ!!!」
「ぶッ……!!!?」
怒号と共にテミスは固く握り締めた拳を男の顔面へと叩き込み、一撃で床へと叩き伏せたのだった。




