2102話 剣戟を縫って
剣戟の音と怒号、そして悲鳴の響く乱戦が続く中。
テミスはレオンとミコトとシャルロッテを相手取りながら、静かに思考を巡らせていた。
ひとまず、レオン達が完全な敵でない事は確かめる事ができた。
だが、何故レオン達を含むエルトニアが、何を目的にこのネルードへ派兵されているのかは謎のままだ。
とはいえ、それを確かめようとも、このような場所では戦いの手を止めて密談に花を咲かせる訳にもいかず、互いの状況を確認する事さえもできずにいた。
「チィッ……!!」
ガキンッ! と。
勢い良く斬りかかってきたレオンの一閃を弾き、テミスは忌々し気に舌打ちを漏らす。
今この機を逃してしまえば、次に再び相まみえる事ができるのは恐らく、敵と味方に分かたれての戦場だろう。
そうなってしまえば最後。テミス達は自分達の目的を果たすために、眼前に立ちはだかる敵は、それがたとえ知己の相手であったとしても、斬って進まねばならない。
しかし、ファントに身を寄せているレオン達とは、一度は本気で殺し合ったとはいえ、共に肩を並べて戦った浅からぬ仲。
テミスとしてもできる事なら殺したくは無いし、現状を鑑みるのならば、協力体制を築きたい所だ。
「ハッ……!!」
「やぁぁッッ!!」
「ッ……!!」
打ち払ったレオンが退いた直後。
生じた僅かな隙を突くかのように、ミコトとシャルロッテが猛然と斬りかかってくる。
だが、二人の刃がテミスに届く事は無く、即座に引き戻された大剣の刀身が盾となって阻んだ。
「きゃっ……!?」
「くッ……!! 流石……ですねッ……!!」
「…………」
自身の攻撃を阻まれたミコトとシャルロッテは、体勢を崩しながらもそのままテミスの大剣に食らい付くと、ギシギシと刃を押し込んでの鍔迫り合いを始める。
しかし。テミスの瞳は既に二人を見てはおらず、その背後で大きく跳び上がったレオンを見据えていた。
「なるほど……その手があったか。お前達。退いてろ」
「えっ……!? わあっ!?」
「わわっ……うぎゃっ……!!」
鍔迫り合い名が、僅かに言葉を交わす事の出来たミコトに、テミスはニヤリと口角を吊り上げると、そのまま剣を払って二人を横合いへと押しやる。
ミコトたちを振り払った一つの狙いは、時間差で攻撃を仕掛けてくるレオンの一撃に応ずるためではあったが、もう一つはこれから起こる激突に二人を巻き込まないための配慮でもあった。
「オオオォォォォッ……!!」
ガンブレードを振りかぶるレオンを見上げながら、テミスも己が内の魔力と闘気を練り上げると、薄く大剣へと纏わせた。
この剣へと注ぎ込む力の量をさらに増やし、刃のように鋭く研ぎあげたものを射出するのが、フリーディアが模倣した月光斬なのだが、テミスが大剣に纏わせた力は斬撃を模るには遠く及ばず、刀身を僅かに発光させる程度のものだった。
「……喰らえッ!!」
「セァァァァアアッ!!」
刹那の間の後。
冷徹に呟いたレオンの振り下ろすガンブレードの刃を、テミスは猛々しい咆哮をあげながら迎え打つ。
しかし、大剣とガンブレードがぶつかり合った瞬間に響いたのは、荒々しい剣戟の音ではなく、コォンッ……!! と材木同士を打ち合わせたような不思議な音だった。
「っ……!?」
「慌てるな。魔力と闘気の層で斬撃の威力を殺しただけだ。それよりこのまま、鍔迫り合いを続けるぞ」
「……!」
突如響いた想定外の異音に、レオンは驚きに目を見開くが、ボソリと呟いたテミスの言葉に応じて頷き、ギシギシと真正面からの鍔迫り合いを始める。
「状況を聞かせろ。何故お前達がネルードに居る!」
「フッ……!! 本国の命令だ。俺達の意志ではない」
「ッ……!! エルトニアの目的は? なにを狙っている!?」
「最強の簒奪だ。白翼騎士団討滅の密命を受けている」
「なんだとッ……!?」
ガキンッ! バギンッ!! と。
テミスとレオンは鍔迫り合いと打ち合いを繰り返しながら言葉を交わす。
だがそこで語られたのは、テミス達にとって最悪に等しい情報で。
「エルトニアの上層部は、ファントを軽視している。切り抜けるために力を借りたい」
「是非も無し……と、言いたい所だがな、生憎こちらも余裕が無いッ!」
「クッ……!! 状況は……?」
「こちらの本隊は時間稼ぎが必要だ。ネルードの指揮機能を停滞させる必要がある」
「……なるほど。それで地下水道か。了解だ」
剣戟の狭間に、テミスとレオンは互いの情報を交換すると、目配せと共にひと際強烈に剣を打ち合わせ、同時に跳び退がって距離を取る。
「二人は下がっていろ……次で、決めるッ!!」
「ハハッ……!! 受けて立とうッ!!」
大上段にガンブレードを掲げ、レオンは体勢を立て直したミコトとシャルロッテに指示を出すと、鋭くテミスを睨み付けて宣言した。
そんなレオンに、テミスは鮮烈な笑みと共に凛と応ずると、次なる攻撃に備えて大剣を構え直したのだった。




