2101話 それぞれの信頼
白刃が閃き、宙に弾けた鮮血が舞い踊る。
テミスがレオンたちと刃を交えている後方では、シズクたちが激しい戦いを繰り広げていた。
「クッ……ウォォォォッ……!!」
「っ……!!」
鋭い一線を放ったシズクの隙を突き、雄叫びをあげたエルトニア兵が襲い掛かる。
だがシズクは刀を振り抜いた直後で体勢が整っておらず、万全の状態から放たれたエルトニア兵の一撃を請ける事はできない。
刹那の間にそう判断したシズクは、即座に一歩退いて身を翻すと、エルトニア兵の振り下ろしたガンブレードが空を裂き、地下水道の固い床がガキンと高い音を奏でる。
「あっ……!!」
「セェッ……!!」
「ヒッ……!?」
一瞬にして形勢は逆転。
敵の攻撃を躱すと同時に刀を構え直したシズクは、裂帛の気合と共に一閃。目にも留まらぬ迅さで刺突を放った。
シズクの気迫に気圧され、ビクリと身を竦ませるエルトニア兵。
しかし、甘んじてにシズクの反撃を受け入れて斃れるほど脆弱ではなく、つい先刻の雫と同じように、即座に後方へと床を蹴って回避を試みた。
だが、エルトニア兵の放った斬撃とは異なり、シズクが放たんとしていたのは刺突。
首元の急所に狙いを定めて放たれていたそれは、狙いこそ逸れたものの、逃れるエルトニア兵に追い縋り、肩口に突き立って浅く斬り裂いた。
「ぐぁっ……!!」
「っ……!! 仕留め損ねましたか……!!」
新たに宙を舞う血飛沫。
眼前の敵兵は体勢を崩し、追撃を仕掛ければ容易く仕留める事ができるだろう。
それを理解して尚、シズクは歯噛みと共に言葉を零すに留め、刀の切っ先に付着した血を払うと、大きく跳び退って刀を構え直す。
「お帰りッ!! 良かったよ! 戻ってきてくれてっ……! そろそろこっちも仕掛けたくて……さッ!」
「ウゥッ……!?」
シズクが戻るや否や、他のエルトニア兵と刃を交えていたユウキが朗らかに声をあげると、打ち合わせていた剣を弾き、スルリと懐へと入り込んだ。
そして、サマーソルトのような動きで身を翻しながらの一閃。
一気呵成に攻め込んできていたエルトニア兵に斬り付けて、一気に退かせる。
「当然です。こちらは陣形の維持が最優先。功を焦って本懐を見失っては意味がありません」
「あははっ……! シズクってすっごく頭いいんだね! ボクはそんなに難しいことはよくわかんないけれど……!! 護るべきものはわかっているつもりだよ!!」
ユウキが相対しているエルトニア兵たちは、傷を負った兵を庇うように退くが、ユウキもまた追撃を仕掛ける事は無く、自身の持ち場へ戻って剣を構え直した。
この戦いは敵を皆殺す殲滅戦のように見えて、その実は数的劣勢の防衛戦なのだ。
故に、敵の包囲や連携を崩すために斬り込むよりも、味方との陣形を保つ事の方が優先。
とはいえ、出会ってから日が浅く、互いの戦い方すら熟知していないシズク達に、高度な連携を取ることは不可能だ。
だからこその防衛戦。
とはいえ戦況としてシズクたちは、一刻も早く周囲を取り囲むエルトニア兵達を倒し、たった一人で敵陣深くへと斬り込んだテミスへ加勢に行かねばならない状況だった。
つまり、本来ならば守りに徹している暇など無く、多少の無理を承知で攻勢に出るべき場面なのだが……。
「ハハッ……! あっちの奴に比べて、お前達は随分と臆病者だなァ!」
「逃げて守ってばかりで鬱陶しいったらありゃしねぇ!! オラどうした! かかって来いよッ!!」
「…………」
守りに徹するシズク達に苛立ちを覚えたのか、周囲を囲むエルトニア兵達は口々にシズク達を嘲り始める。
しかし、敵の放つ嘲りを真に受ける者などシズク達の中には居らず、粛々と構えたまま陣形を崩す事は無かった。
「オイオイ! 冷めてぇなァ……! 助けに行ってやらなくて良いのかよ? このまんまじゃァ、あっちのお前達の仲間、やられちまうぜ?」
「…………。フッ……」
「…………。あはっ!」
「…………。ふふっ……」
「…………。あはぁ……」
「なっ……!? 何……笑ってやがるッ!!」
苛立つエルトニア兵は、包囲の外から響く剣戟の音の方をチラリと示すと、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべながら告げる。
だが。その挑発に、シズク達は三人に護られているリコまでもが揃って視線を合わせた後、それぞれが意味深に笑顔を浮かべた。
エルトニア兵の相手を任されたシズク達は、テミスの強さに全幅の信頼を置いている。
そもそも、助太刀に参ずる必要が無いのだから、包囲を突破する為に無理な攻勢を仕掛ける必要もないのだ。
けれど、シズク達の真意を知らないエルトニア兵にとって、その笑顔はただただ不気味なだけで。
エルトニア兵達の中から、恐怖の混じった怒号があがり始める。
「シズク! 次はもう一歩だけ、攻めちゃっても大丈夫だよ! ボクが合わせるから!!」
「わかりました。では……ノルさん」
「こちらは大丈夫。凌ぎ切れるッ!」
そんなエルトニア兵達を前に、シズク達は肩を並べて穏やかに言葉を交わすと、悠然と眼前のエルトニア兵達を見据えたのだった。




