2099話 暗黙の問答
テミス目がけて襲い掛かったエルトニア兵は、片手に携えたガンブレードを大上段に振りかぶり、脳天を目がけての一撃を放つ。
しかし、テミスの眼にはエルトニア兵の動きなど止まっているも同然で。
高々と武器を振り上げた所為でがら空きになった胴や足元を薙ぐも良し、無意味に突き出された左腕を切り落とすも良しな、ただの自殺行為に他ならない。
だが。大剣を構えたままテミスが動く事は無く、鋭く細められた瞳は一直線にレオンを見据えていた。
そして、エルトニア兵の刃がテミスの脳天を捉える刹那。
「チッ……!! 察しの悪い奴め」
「ごァッ……!!?」
ズドムッ!!! と。
刹那の間に上体を大きく傾がせたテミスは、肉を打つ鈍い音を響かせてエルトニア兵の胴に鋭く回し蹴りを叩き込む。
テミスの放った強烈な回し蹴りをまともに食らった兵士の身体は、苦悶の声と共にくの字に曲がり、一拍にも満たない僅かな停滞の後、レオンの眼前へ向けて蹴り出された。
「っ……!?」
「ゲぅッ……!! ガハッ……!! ゴボッ……!!」
「いくぞ。止めの一撃をくれてやる」
「やべぇッ……!?」
「ハッ……!! ッ……!!」
回し蹴りを放った直後の姿勢のまま、テミスは念を押すかのようにレオンを見据えて告げてから、地面を蹴って大きく跳び上がる。
だがその動きは、以前にレオンたちがテミスと相まみえた時のものと比べて明かに緩慢で。
尤も、その違いもレオン程の実力が無ければ、わからない程度のものではあったのだが。
その瞬間。
レオンは漸くテミスの告げた言葉の意味と、自身に視線を向け続けていた理由を察すると、半ば反射的に蹴り出された兵士を守るべく駆け出しかけたファルトを制した。
結果。
テミスへと斬りかかったエルトニア兵は、地面に深々と突き立った大剣によって両断されて絶命する。
「フム……なるほど。理解した」
「オイッ!! レオンッ!! 何でだよッ!! お前何でッ――」
「――黙っていろ」
「んなっ……!?」
ごろりと足元に転がったエルトニア兵の首をチラリと眺めた後、テミスは意味深に息を吐きながらニヤリと口角を吊り上げてみせた。
しかし、ファルトは自身を制したレオンに怒りの形相を向けて食って掛かり、激情の赴くままに怒鳴りつける。
けれど、怒りに燃えるファルトへレオンから返されたのは、氷のように冷たく冷静な一言で。
人の情すら失ってしまったかのようなその態度に、ファルトは思わず表情を歪めて息を呑んだのだが……。
「ファルト。お願いだから、理由がわからないのなら今は黙っていて」
「ミコトッ……!? だがコイツはッ……!!」
「も~!! えいッ!! 麻痺ッ!!」
「ぐぁッ……!? シャリュロッヘェッ……!! ほまへッ……!!!」
どうやら、ファルト以外の三人は、テミスがわざわざ襲い掛かってきた兵士を打ち据えてから殺した意味を正しく理解しているようで。
レオンの背後から進み出たミコトが静かに諭すが、それでも尚ファルトは声を荒げ続けた。
それを見かねたのか。レオンの背後で庇われていたシャルロッテが、ガンブレードの銃口をファルトへと向け、一瞬の躊躇いも無く引き金を引く。
すると、ビクリと身体を硬直させたファルトは、ぎこちの無い動きでシャルロッテを睨み付け、呂律の回らない口で恨み言を漏らした。
「クク……さて……次はお前達だ」
「ッ……!! コイツは俺達がやるッ!!」
「……だそうだ。お前達。遠慮はいらない。存分にやれ」
首を落としたエルトニア兵の血で濡れた大剣を持ち上げたテミスが、その切っ先をレオン達へ向けて高らかに告げると、それに応ずるかの如く、レオンは残ったエルトニア兵達に向けて鋭く言葉を放つ。
その言葉を聞いたテミスもまた、背後のシズクたちを振り返ることなく告げた直後。雄叫びをあげたエルトニア兵達がシズク達に向けて襲い掛かり、応戦したシズクたちと刃を交え始めた。
「さて……あの様子だと少しばかりかかりそうだな……。名も知らぬ兵士たちよ。少しばかり遊んでやろうッ!!」
背後で剣戟の音と共に、怒号と悲鳴が響き渡るのを聞きながら、テミスは皮肉気に口角を吊り上げて、レオン達へ切っ先を向けていた大剣を構え直してみせる。
テミスは既に、シズク達へ眼前の敵兵を皆殺せと命を発していた。
レオンは自らの目の前に突き出された兵士を庇わなかった。
つまりそれは、今この場に居るレオン達以外のエルトニア兵は皆、真の意味で敵であるという事で。
故にテミスは、万に一つも真実が漏れないように、自分達に面識が無いことを高らかに宣言して見せたのだ。
「絶対に……護り抜いてみせるッ……!!」
そんなテミスに、レオンは僅かに口角を緩めた後、傍らに立つシャルロッテとミコトと共にファルトの前に立ち、凛々しく雄叫びをあげてみせたのだった。




