2095話 袋小路を食い破れ
暗く狭い地下水道を、シズクの案内に従って進んでいくこと数十分ほど。
突如として現れた酷く錆びた鉄格子の扉が、テミス達の行く手を阻んだ。
鉄格子の向こう側は、今もまだ使われている区画なのか、若しくは新たに増設された区画なのか広々としており、水の流れる音が聞こえてくる。
「地図を読み違えたのか? 迂回路はどっちだ?」
「いえッ! そんな筈は……無いんですが……」
足を止めたテミスが、早々に引き返すべく身を翻しながら問うが、シズクは眉根を寄せて手にした地図を睨みながら、来た道を辿るように指を這わせていた。
「えぇと……ここが駄目ですとこっち……は塞がっているからもう一区画戻って……」
「構わん。少し手狭だが、ここで小休止にしよう」
酷く焦った様子でブツブツと呟くシズクに、テミスは努めて穏やかな声色で告げると、身体を休めるべく傍らの壁に背中を預ける。
それに倣い、同行しているユウキとノルもテミスと同じように壁にもたれて休息に入り、リコに至っては鉄格子の傍らまで駆け寄ってシズクの側に座り込むと、取り出した水筒から水を飲み始めた。
「ごめんなさい!! こんなはずでは……! すぐに迂回路を見付けますからッ……!」
「焦る必要は無いさ。その為の先遣調査だ。むしろ、作戦行動の段階で発覚しなかった事を喜ぶべきだろう」
「うぅっ……!! ありがとうございます……えぇとっ……!!」
「…………」
焦りを露に謝罪をするシズクに、テミスは柔らかな口調のまま諭すように告げるが、シズクはますます恐縮した様子で、視線を地図へと走らせる。
こうなってしまっては何を言っても逆効果だ。
シズクの様子からそう判断したテミスは口を噤むと、自身も頭の中でこれまで来た道を思い返してみる。
ここに至るまでの道もかなり複雑に入り組んでおり、シズクの持つ地図が無ければもはや帰還すら叶わないだろう。
そういう意味でも、シズクには一刻も早く平静を取り戻して欲しい所なのだが……。
「んん……? あれぇっ……?」
その時。
鉄格子にもたれ掛かっていたリコがどこか間の抜けた声をあげると、カチャカチャと音を立てて鉄格子を弄り始める。
その音は、ここがいくら手薄な地下水道だとはいえ、仮にも潜入しているテミスたちには看過できるものではなく、テミスはリコを諫めるべくため息と共に壁から背を離した。
だがその直後。
「あのあのっ! テミスさん……! こっち……! これ、見てください!!」
「んん? 何だ?」
テミスが叱責の言葉を発する前に、片手を大きく上げたリコはテミスを呼び寄せると、弄り回していた何かを示してみせる。
そこにあったのは、酷く錆び付いた鉄格子には不釣り合いなほどに真新しい鍵付きの鎖で。
その鎖の存在は、つい最近ここが施錠された事を示していた。
「なるほど鎖か。運が無かったという訳だ」
「いえっ! そうなのですがそうではなくて……ですね……!! ここっ! こっちです!!」
「ふむ?」
「見ててください!! いきますよぉっ……!! えいっ!!」
「っ……!!」
テミスを傍まで招き寄せたリコは、手にしていた鎖を握り直すと、可愛らしい掛け声と共に力を籠める。
すると、酷く錆び付いた鉄格子はメキメキと音を立てて僅かに歪みながら不安定に揺れ動く。
よくよく見てみれば、鉄格子を構成する幾つかの鉄の棒が完全に腐食きってしており、折れている物があった。
「さっき寄り掛かった時、なんかおかしいなって思ったんです! 鎖は解けそうにないですけれど、ここなら何とかなりませんかね?」
「フッ……!! お手柄だぞリコ。よくやった。シズク! 地図は良いからこっちを見てくれ!」
「ふぇっ!? は、はいッ!! なんでしょうかッ!!」
リコの言葉に合わせて頼りなく揺れる鉄格子に、テミスはニヤリと微笑みを浮かべると、いまだに地図と格闘を続けているシズクを呼び寄せた。
すると、シズクはビクリと身を竦ませて声をあげると、大慌てでテミスの前に立って姿勢を正す。
その姿勢はまるで、これから叱責が待っていることを覚悟しているかのようで。
シズクの反応に苦笑いを浮かべたテミスは、身体を捌いて腐食している鉄格子を見せながら再び口を開く。
「シズク。お前の刀でここを斬れないだろうか? 私がやっても良いのだが、なるべく目立たないように、鉄の棒を数本だけを切るという芸当は、少しばかり不得手でな」
「っ……!」
人の手が加わっている事が確実な場所に、あまり痕跡を残すべきではないだろう。
だが、テミスの大剣やユウキの剣技では、鉄を切り裂くだけの威力は十分にあるが、勢い余って格子戸ごと両断してしまいかねない。
そう判断したテミスは、腐食した鉄の棒を切り落とす役割を、この中で最も精密な剣技に秀でているであろうシズクに任せたのだ。
「わかりました! 私に任せてくださいッ!!」
「よしっ! リコ。場所を開けるぞ」
「は……はいッ……!!」
テミスの問いを聞いて朽ちた鉄格子を確認するや否や、シズクは目をきらりと輝かせると、手にしていた地図を懐へと仕舞い、早速とばかりに腰の刀へと手を番えた。
そんなシズクを傍らに、テミスは微笑みを浮かべたまま頷いてみせると、リコの背を押して朽ちた鉄格子の前を開けたのだった。




