2094話 暗き地の下へ
カッカッカッ……!! と。
先の見通せぬ闇の中を、幾つかの固い足音が反響する。
ここは、シズクが持ち込んだ地図に記されていた地下水道。
幸運にも、町の端に位置するサン達の拠点のほど近くに、地下水道の一本が口を開けており、テミスはユウキとシズク、そしてノルとリコを伴い、先遣調査に乗り込んだのだ。
「まさか、これ程近くに入り口があるとは……嬉しい誤算だな」
「どうやら、この辺りは使われなくなって久しいようですね。造りから見るに、今私たちが歩いている場所は、本来なら水が流れていたようです」
「まぁ……出入口、ほとんど植物で塞がっていましたもんね……行き止まりでなければいいのですが……」
「大丈夫ですよ。幾らか行き止まりはありますが、今も使われている地下水道に通じている事は調査済みです!」
「あははっ! なら安心だね! なんだか、探検みたいでワクワクするよ!」
テミス達はランタンの頼りない光が僅かに暗闇を払った明かりの中を歩きながら、好き好きに感想を口にしながら歩を進めていく。
本来ならば、テミスはシズクと二人で先遣調査に赴く腹積もりだったのだが、幾度となく留守番役を任された三人が断固として拒否し、こうして全員で出向いてきたのだ。
「お前達。楽し気なのは構わんが、ここが敵地である事を忘れるなよ?」
「も、勿論です!! 足手まといにならないように頑張ります!」
「問題ありません。脱出路は記憶しています」
「…………」
半眼で共に進むノルたちを眺めながらテミスが窘めると、二人はそれぞれに異なった反応ながらも、熱意の籠った返答を返してくる。
その言葉にテミスはクスリと小さく笑みを漏らした後、密かに眉を顰めて天井を見上げて臍を噛んだ。
もしもこの場所で会敵したら、かなりの苦戦を強いられる羽目になるだろう。
何故なら天井が低く、人一人がようやく通れるほどの広さしかないこの地下水道では、如何にテミスと言えども大剣を振るう事は叶わない。
尤も、生き埋め覚悟で無理矢理振り回す事も出来なくはないが、そんな事をすればテミス達全員が危険に晒されるのは当然の事ながら、直上に建てられている建物を巻き込んでしまうのは確実だろう。
胸の内を過る不穏な予測に、テミスは忌々し気に小さく舌打ちを漏らすと、最前を走るシズクの背中を静かに見据えた。
「……? どうしました?」
「いや……何でもない。もしもの時は、任せるぞ」
「えぇと……あぁ……! はい! お任せください!」
気配に気づいたシズクが振り返ると、ちょうど視線を注いでいたテミスとパチリと目が合う。
一瞬の間の後。首を傾げてシズクが問うと、今のうちに背中の大剣を閉所でも戦うことの出来るように錬成しておくべきかを悩んでいたテミスは、パチリとその場で思考を打ち切り、落ち着いた声で一言告げる。
その言葉の意味を、シズクはすぐには汲み取れなかったようで。
少し口ごもった後、得心したかのように大きく頷くと、にっこりと満面の笑みを浮かべて答えを返した。
今この場には、シズクとユウキという、閉所であっても戦うことの出来る戦力が二人も居るのだ。
普段大剣を扱っているテミスは、時折フリーディアから手ほどきこそ受けているものの、通常の剣を繰る腕は、大剣のそれに比べて拙い。
そもそも、大概の相手であれば、シズクとユウキであれば鎧袖一触に払えるだろうし、その二人が苦戦を強いられる相手がこんな所に現れたのならば、そもそもこの作戦は破綻していると言える。
「会敵しない事が一番ではあるがな」
「ははっ! 確かに。でも大丈夫! 今はボクも居るんだから! ねっ!」
「露払いは私たちが務めます。テミスさんはお二人をお願いしますね!」
「あぁ。その時は、のんびりと見学でもさせて貰う事にするさ。リコ、茶と茶菓子は持ってきているか?」
「えぇっ!? ごめんなさい……流石にお茶やお菓子は……! 作戦行動用の飲料水なら持参していますが……」
冗談交じりにテミスがリコへと水を向けると、大真面目に受け取ったリコは慌てて自分の荷物の中を漁ってから、悲し気な顔で答えを返す。
しかし、リコ以外の者達はそれがテミスの冗談である事を既に理解していて。
揃って温かな目をリコへと向けていた。
「クククッ……! ただの比喩表現さ。尤も、こんな所で会敵など、まずしないだろうがな」
そんなリコに、テミスは喉を鳴らして満足気に笑った後、柔らかな声色でそう告げたのだった。




