2093話 見出した光明
出会って間もないというのにも関わらず、ユウキたちと僅かな時間で打ち解けたシズクは、現在のロンヴァルディアとネルードの戦況と、テミスたちの置かれた状況を聞くと、深刻な表情を浮かべて黙り込む。
シズクが加わろうとも彼我の戦力差は圧倒的。
かつてギルファーを二分して戦った時よりも更に状況は悪く、加えて時間すらも敵に回っているのだ。
通常ならば、撤退して然るべき苦境。
シズクが難色を示すのも当然の事だった。
しかし……。
「これだけの戦力差で仕掛けるのならば、敵の裏をかいて完全に虚を突く必要がありますね」
「あぁ。だが、こちらには地の利が無い。情報の収集すらままならんのが実情だ」
「そこはご安心を。先だって、コジロウタ様に接触する為にこの地に潜り込んでいた同胞から、この町の詳細図を貰ってきています」
「なっ……!?」
言葉と共に、シズクは懐から幾重にも折り畳まれた分厚い紙を数枚取り出すと、バサリと音を立てて広げてみせる。
そこに記されていたのは、テミス達にとって値千金の情報で。
地形や時間ごとの人通りから通常の警備の配置まで、事細かに情報が記された地図を、テミス達さんにんは目を丸くして食い入るように見つめる。
「なんと精密な……! 本当に……本当に驚きました……!!」
「この海の上に書かれている線と数字は……まさか、水上警備の巡回の時間ですか!?」
「素晴らしい……!! これならば……これがあれば、想定していた計画を何段階も前倒しにできるッ!!」
恐ろしく詳細な情報を目の前に、テミス達は片端からその内容に目を通しつつ、口々に褒めちぎった。
それを聞きながら、シズクは平静を装うかの如く深々と頷くが、隠しきれない喜色がぱたぱたと揺れる尻尾や、ぴこぴこと動く耳から溢れ出ていた。
「むっ……? これは……?」
絶賛を重ねるテミス達が食い入るように地図を見つめはじめて数分。
不意にテミスがピクリと眉を跳ねさせ、一枚の地図に記された線を辿り、ゆっくりと指でなぞる。
そこに記された線は、湖沿いから町の隅々まで、幾重にも交叉しながら不自然に町中へと広がっていた。
「待って下さい? えぇと……その線は……これがここで、こうだから……様式は……」
疑問を漏らしたテミスの問いに答えるように、するりと身を寄せたシズクはテミスの肩越しに地図に視線を走らせると、各所に記された記号を指差しながらブツブツと呟き始める。
この地図は元々、ギルファーの偵察部隊が集めた情報だという。
察するに、情報を秘匿する為に随所に暗号が施されているのだろう。
本来ならば、その手の情報は国家として最も秘すべき情報であり、軽々しくテミスやノルたちの前に晒すべきものでは無い筈だ。
なればこそ、通しておかなければならない筋というものがあるだろう。
「おい。お前達……」
「言われずとも、承知しております。ユナリアス様に忠誠を誓った身とはいえ、ここまでしていただいた恩を仇で返すなど騎士の名折れ」
「私お勉強苦手で……報告しようとしても、こんなに一杯覚えられないですし……。あぁっ! もちろん! 誰にも話すつもりは無いですよっ!?」
「ボクも、助けてもらうのに秘密を言いふらしたりなんてしないよ!」
「…………。フッ……愚問だったな……」
ギルファーの事情を鑑みて、テミスは忠告を口にしようとしたが、ユウキたち三人はテミスが皆まで言い切る前に、口を揃えてきっぱりと言い切った。
その言葉に、テミスは僅かに驚きの表情を浮かべた後、クスリと柔らかな微笑みを浮かべて頷いてみせる。
「皆さん……ありがとうございます。ヤタロウ様も、テミスさんの認めた方々なら問題無いとおっしゃっていました」
「クク……奴らしい言い回しだ。それで? この線は何だったんだ?」
「はいっ! どうやら、都市の地下に建造されている地下水道のようです。所々崩落していて通れなかったり、今は使われていない場所もあるようです」
「地下水道か……! 作戦の前に一度、実地調査は必要だが、これは使えるなッ……!!」
とても嬉しそうに耳を動かしながら頷いてみせたシズクに、テミスは喉を鳴らして笑い声を漏らした後、逸れかけた話を正道に戻す。
それに続けて、水を向けられたシズクが笑顔のまま、テミスの問いに答えを告げた。
そんなシズクの報告に、テミスはニヤリと不敵な笑みを浮かべると、上機嫌にパチリと指を鳴らしたのだった。




