2092話 彼方への答え
シズクとの合流を果たしたテミスは、サンを連れて一度拠点である乾ドッグへ戻ると、帰りを待ちわびていたユウキ達へ面通しをした。
だが、シズクの正体を明かす事ができないサンには、テミスからアイシュたちへの報告を任せ、今は席を外させている。
尤もその報告も、全てを正しく報告させる訳ではなく、テミスを探し回っていた人物は敵ではなかったという事実のみに留めるのだが。
「それにしても……驚きました。まさか、船の中がこんな風になっているだなんて……」
「ですよねぇッ!! 私も初めて見た時はびっくりでした!!」
「ねぇねぇ! 腰のそれ……もしかしなくても刀……だよねッ!! お願いッ! ちょっとだけ……ちょっとだけでいいから見せて欲しいなッ!!」
「えぇと……見るだけでしたら構いませんよ……。ですが申し訳ありません、触ったり、握ったりは……」
「ありがとうッ!! 勿論だよっ!! 刀は武士の魂だもんね!!」
「…………」
互いに簡単な自己紹介を終えたシズクは、リコとユウキとは早速とばかりに和気藹々と打ち解けており、テミスはそんな三人を遠巻きに眺めるノルと肩を並べて様子を見守っていた。
「どうした? お前も混ざらないのか?」
「あ……いえ……。えぇと……その……何と言いますか……」
「今更だ。お前がシズクに何か思うところがあるのは、奴だってきっと感付いている」
「っ……!! すみません。獣人族の方には、あまり良い印象が無くて……」
「フッ……仕方あるまい。こちら側とは勝手が違うんだ。相まみえるとしたら、命を取り合う敵としてだろうからな」
「あの方……ものすごくお強いですよね?」
「ン……? あぁ……確かに。先ほど軽く打ち合ったが、また腕をあげているようだったな」
「…………」
ノルの過去に何があったのかは知らないが、土地柄を鑑みればある程度の事情は想像に難くは無く、どうやらテミスの予測も大きく外れてはいないらしい。
だからこそ。シズクの名誉を守る意味も込めて、怯えるように肩を竦めて尋ねたノルに、忌憚のない答えを返す。
どうやら、真面目が服を着て歩いているようなシズクは、最後に手合わせをした後も弛まぬ修行を重ねて来たらしく、剣術の腕や体捌きが格段に向上していた。
状況を踏まえて考えるのならば、先ほど刃を交えた一合もまだまだ余裕を残していたのだろう。
とはいえ、その実力を推し量るのならば、ユウキと同格よりも少し及ばないぐらいか。
どちらにしても、現状で信頼できる戦力としては、とても心強いというのが、テミスの正直な感想だ。
「っ……!! わかり……ました……!!」
短い沈黙の後。
テミスの答えをどのように受け取ったのか、ノルは意を決したかの如く顔をあげ、ぎこちなさが見えるものの、ユウキたちの輪に加わっていく。
「フム……」
その間に。
テミスはサンと別れてすぐ、シズクから急ぎ手渡された書状を取り出すと、溜息と共に封を解いて中を改める。
そこに記されていたのは、今回の一件、ギルファーはファントの盟友としてロンヴァルディアに付く事。その証として、密書を持たせたシズクをそのまま旗下として加えて欲しいという旨だった。
そしてその後には、ギルファーの誇る剣客だというコジロウタなる人物の人となりから始まり、シズクを使いに送ったもののおそらくは刃を交える事になるだろうという予測だった。
更に付け加えて、そのコジロウタという剣客がこれからのギルファーにとって必要な人材であること。
実現可能な限り、どのような望みでも叶える対価として、コジロウタを殺さないで欲しいという歎願だった。
だがその末筆には。
テミス自身の命が危ぶまれた時には、迷うことなく斬り伏せて構わないと記されていた。
「ククッ……!! ハハハッ……!! 奴も相変わらず……人を乗せるのが上手いヤツだ……」
それを読んだ途端。
テミスは己が内で一気に燃え上がった意地を自覚すると、クスクスと喉を鳴らして笑い声を漏らす。
つまりヤタロウは、コジロウタとかいう剣客に、テミスが敗北を喫する可能性があると踏んでいるのだ。
だが、こうしてテミスが意地を張るであろう事も、きっとあのヤタロウは織り込み済みで、こんな手紙を書いて寄越したのだろうが……。
「まぁ良い。窮地に極上の援軍を寄越してくれたのだ。出来得る限り、希望には応えてやるよ」
そんなヤタロウの意図も全て飲み下した上で。
テミスはユウキたちと楽し気に談笑するシズクへチラリと視線を向けると、不敵な微笑みを浮かべて、彼方の友へ向けて嘯いてみせたのだった。




