2091話 巡り合う絆
シズクの斬撃を受けたまま、黄旗亭の外へと飛び出したテミスは、十分に店から離れた事を確認すると、反撃に転ずるべく脚に力を込めた。
だがそれに合わせて、刃を合わせていたシズクも斬撃に込めていた力を緩め、更に刀の柄から片手を離して、自らの外套を払うべく腕をあげる。
「っ……!!」
「ひゃぁっ……!?」
しかし、怪しい女の正体がシズクであるなどと、想像だにしていないテミスは、持ち上げられた腕を攻撃の予備動作だと認識し、瞬時に手首を掴んで動きを止めた。
このまま引き倒して、一気に決めるッ!!
驚きの悲鳴をあげたシズクの声には耳すら貸さず、テミスは追撃の姿勢に入った瞬間……。
「わぁぁ! 待って! 待って下さいテミスさん! 私です! シズクですッ!!」
「なにッ……!?」
サン達から離れ、通りに人気が無いことを確認したシズクが、腕を引かれながら悲鳴をあげた。
だが、既にテミスはシズクの体制を崩し終え、地面へ叩きつける態勢に入っており、それなりに勢いの付いたこの動きを止める事はできなかった。
故に。
「クッ……!!」
「あわっ……! とっ……! ととっ……! とぉっ……!!」
全身全霊の気力を以て、テミスはシズクの腕を掴み取った自身の手の力を緩めにかかった。
その甲斐あってか、完全に投げを決めてしまう前に、力の緩んだテミスの手の内からスルリとシズクの腕が抜ける。
しかし、投げ技の前段階にあたる崩しは既に完璧に終えており、腕を解き放たれて尚体勢を崩したシズクは、危なっかしい足取りで数歩前へとよたよたと歩む。
だが、猫人族の身体能力が為せる業なのか、完全に重心が崩れた状態からでも、シズクは地面に転がることなく、掛け声と共に体勢を立て直してみせた。
その拍子に、目深に被っていたシズクの外套のフードがフワリと外れ、テミスの見知った顔が露になる。
「お前……! 本当にシズク……なのか……? 何故、こんな所に……!!」
露になった素顔を改めて尚、テミスにとっては驚くしかできない事態で。
シズクがヤタロウから与えられた任務を考えるのならば、今もややと共にファントで執務に勤しんでいるはずで。まかり間違っても、このネルード居るはずが無いのだ。
とはいえ、眼前に現れたその顔をテミスが見紛うはずも無く。
驚きに目を見開いたテミスは、自らが剣を手にしている事すら忘れてシズクに問いかけた。
「えぇと……色々と事情があるのですが、お話をすると長くなってしまいまして……。ひとまず、私はテミスさんの助太刀に参った次第なのです!」
問われたシズクは、一瞬だけ何から話し始めるべきか逡巡したものの、まずは伝えるべき事柄を真っ先に告げた。
それは以前、テミスと行動を共にしていた折に自然と身に着いた技術で。
見知った顔であるが故に攻撃の手は緩めたものの、いまだにシズクの目的を測りかねていたテミスにとって、決定打となる一言だった。
「フム……わかった。助太刀に感謝する」
「へっ……!? あっ……!!」
「窮屈だろうが、この地では外套を被っておいた方が良い。下手をすれば、魔族領での人間よりも胸糞の悪い仕打ちを受ける羽目になりかねん」
「……ありがとうございます」
シズクの言葉を聞いたテミスは、コクリと力強く頷いて礼を告げた後、柔らかな手つきで脱げてしまったシズクの外套のフードを被せる。
その背後からは、慌ただしい足音を奏でながら、ちょうどサンが駆け出てきたところで。
テミスの気配りに、シズクは感謝の意を込めて礼を言うと、抜き身のまま携えていた刀を腰の鞘へと納めた。
「ネールッ!! 無事かッ!! いま加勢するぞッ……!! ……って」
そこへ、戦意を漲らせたサンが勢い良く駆け寄ってくるが、既に戦闘を終えて並び立っている二人に気が付くと、目を丸くしてテミス達の傍らで動きを止める。
「安心しろ。サン。コイツは敵ではない。以前知り合った傭兵仲間だ。名は――」
「っ……! ロゼと申します」
「いやいやいやっ! たった今、アンタら思いっ切り戦ってたじゃねぇか!!」
「あんなもの、我々の間では挨拶のようなものだ。なぁ?」
「はい。武人たるもの、常在戦場の心構えを忘れるべからず! です」
「えぇ……」
瞬時に目配せをしたテミスの意を汲んだシズクが偽名を名乗るが、サンは表情を引き攣らせ、納得がいかないとばかりに叫びをあげた。
だが、テミスもシズクもそんなサンの叫びに応えることはなく、飄々とした態度で言葉を紡ぎ続ける。
「ちょうど人手が足りなかった所でな、お前が来てくれて助かるよ。後で、今共にこちらへ来ている仲間を紹介しよう」
「是非。では、私の方からのお話もその際に」
「了解だ」
そのまま、テミスとシズクは和やかな雰囲気で言葉を交わしながら、連れ立って歩き始めたのだった。




