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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第31章

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2085話 場末の邂逅

 同時刻。

 ネルード公国郊外の鄙びた酒場。

 その酒場は、テーブル席が二つとカウンターに数名も座れば満員になってしまうほど、小ぢんまりとした酒場だった。

 だが、治安の極めて悪いこの場所では、そんな小さな店内も満たされる事は無く、客は顔なじみの者が常に一人か二人が入れ替わりに、ぶらりと立ち寄っては安酒を一杯ひっかけて帰っていくような店なのだ。

 故に。

 店の端に設えられたテーブル席に身を埋め、どっしりと腰を落ち着けて飯を喰らう客など奇異なもので。

 多少は馴染んだものの馴染みの客たちは揃って珍妙な眼差しで男を眺めるも、傍らに立てかけられた大の男よりも刃渡りの長い大太刀に目を留めては、そそくさと目を逸らして去っていく。


「……酒を」

「あいよ」


 しかし、一人で多くの酒を干し、多くの飯を喰らうこの男は、既に今日だけでこの店の数日分の売り上げを支払っているため、如何に外套を目深に被ったその風貌が怪しかろうとも、店の主人は文句ひとつ言わずに注文を受け続けていた。


「フゥム……」


 男は新たに注文をした、ただ辛いだけの安酒を呷ると、机の上の皿から炒っただけの豆を数個摘まみ、無造作に口の中へと放り込む。

 酒の味もさることながら、豆の味も酷いもので。

 ゴリゴリボリボリと、まるで砂利でも食んでいるかのように固いうえに、酷く塩辛かった。

 男はしばらく前に突如フラリと現れてから、それから毎日こうして夕刻になると店を訪れ、一人で夜半まで居座るのだ。

 今日も今日とて同じ事。

 ゆったりと淀んだ沈黙に満たされた店内で、店主はそう確信していたのだが……。


「御免ッ!! ハァッ……! ハァッ……!!」


 バタンッ!! と。

 まるで蹴破るかのような勢いで店のドアが開かれると、凛と響く女の声と共に、小柄な人影が店の中へと転がり込んでくる。

 尤も、転がり込んできた人影が女だとわかったのも声が聞こえたが故で。

 店に居座る男と同じく、目深に外套を被ったその姿からは、それ以上の素性は見て取れなかった。

 とはいえ客は客。

 こんな場末の酒場では、客の質など選んでいる余裕は無い。

 だからこそ、慣れた様子で店主はゆっくりと女を見やると、静かに眉を顰めて口を開いた。


「お前さん……面倒事を引き連れて来た訳じゃないだろうな? 匿って欲しいのなら、悪いが他を当たってくんな」

「っ……!! いえ。追われていた訳ではありません。えぇと……そしたら、お水を頂けますか?」

「…………。チッ……! あいよ」


 丁寧な口調で告げたられた女の注文に、店主は一瞬だけ不機嫌そうに眉を吊り上げるが、即座に差し出された一枚の銀貨を目にすると、舌打ちと共に注文を受ける。

 水一杯など、場末の酒場であるこの店でも、せいぜい銅貨2枚程度の代物だ。

 酒場に来て酒を頼まないという舐めた真似に店主は腹が立ったものの、美味しいカモをみすみす逃す程馬鹿では無かった。

 しかし、そのまま手近なカウンター席に腰を落ち着けるものだとばかり思っていた店主の予想を裏切り、女は速足で店の奥へと足を向けると、最奥のテーブル席に収まる男の前に仁王立つ。


「っ……! ちょいと! アンタ――」

「――良かった……!! 間に合って……!! 探しましたよ! コジロウタ様ッ!!」

「……!!」


 得意客の気分を害されては大損害だと危惧した店主が声を上げかけるが、その言葉が紡ぎ切られるよりも前に、女は朗らかな声で男の名を呼んだ。

 その声に、コジロウタと呼ばれた男は初めて視線を上げると、自らの前に仁王立つ小柄な女を視界に収める。


「私です!! 覚えておいでですか? シズクです! 猫宮家の!!」

「……!! おぉ……!!」


 話の内容から、店主は口を挟むべきではないと瞬時に判断すると、紡ぎかけた言葉を呑み込んで、シズクと名乗った女の注文した水の準備に取り掛かった。

 一方でコジロウタと呼ばれた男の方も、シズクと名乗った女には覚えがあったようで、注文の時以外はむっつりと閉ざしたままだった男の口から、感嘆の声が漏れる。


「お嬢ッ……!! ッ……!! なぜ……このような場所に……!!」

「それをコジロウタ様が仰いますか!! っと……本来なら、このまま積もるお話に花を咲かせたい所ではあるのですが……。まずはこちらを改めて頂きたく存じます」

「ムッ……!! これは……!!」

「我が主、ヤタロウ様よりの勅書であります」

「主……。そうか……ひとまず、拝見しよう」


 二人は数度だけ親し気に言葉を交わしたものの、シズクはすぐに酷く堅苦しい口調に変わると、懐を探ってひと巻の巻物をコジロウタへと差し出して言葉を続ける。

 そんなシズクの手から、コジロウタはゆっくりと巻物を受け取ると、低い声で憂うようにボソリと呟いた後、しゅるりと巻物の封を解いたのだった。

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