2082話 暴なる鉄槌
「ようこそおいでくださいました」
バイニンに案内された先の部屋で待っていたのは、一人の士官らしき女性だった。
その背後には、ネルード軍の正式装備を身に纏った兵士たちが肩を並べており、レオンたちエルトニアの兵士たちの間に緊張が走る。
「っ……!」
だがレオンだけは、ずらりと並んだネルード兵のなかでも、最も壁際で居眠りを決め込んでいる大男に目を留め、仲間達を誘導しながらさり気なく距離を取った。
「私はエルクと申します。今回、皆様においでいただいたのは、現状我々が掴んでいる情報の共有の為です。資料は作戦卓にございます。どうぞ奥まで」
「フンッ!!」
「――っ!」
促されるがままに、レオンが作戦卓へ向けて一歩歩を進めると、先ほど部屋の前で嫌味を叩き付けてきた部隊長が、レオンの行く手を阻むようにドスドスと進んでいく。
そのあからさまな態度に、レオンは僅かに眉を吊り上げたものの、胸中に湧き上がる呆れを溜め息に乗せて零してその背に続く。
だが……。
「……おい。これはどういうつもりだ?」
「あぁ? 知らねぇな……何の事だァ?」
「ッ……! 貴様……」
レオンが作戦卓に着いた頃には、そこに在る筈のレオン達の分の資料は無く、チラリと傍らに視線を向けると、そこでは先ほどレオンの行く手を阻んだ部隊長が、手に二束の資料を持っていた。
先ほどは黙っていたレオンも、流石にこの行いを看過することはできず、瞳に鋭い光を宿して静かな声で問いかけるが、部隊長はニヤニヤと下卑た笑みを浮かべてとぼけてみせた。
「それでは皆様、資料の方は行き渡りましたでしょうか?」
「ハァ……。すまないが――」
「――えぇ! 問題ありません!! 必要分は全て揃っています!」
エルクと名乗った女性士官が問う声に、レオンは余剰の資料を受け取るべく、溜息を零しながら声をあげる。
だが、レオンたちの分の資料を掠め取った部隊長は、レオンの声を掻き消す程の大声で答えを返すと、再びレオンへ視線を戻してニンマリと下卑た笑みを浮かべた。
「……いい加減にしろ。これ以上続けるのならば、任務の障害と見做して排除する」
「ハッ……!! ちっとは考えてからモノ喋れよ若造。ここはネルードだ。その意味が判って言ってるんだろぉなァ?」
怒気を纏って警告するレオンに、部隊長はそれでもなお表情や態度を変える事は無く、逆に煽り立てるかのようにヒラヒラと掌を振ってみせる。
確かにこの場はネルードとエルトニアの将兵が一堂に会している場所。
そんな場所で騒動を起こせば、問題に発展するであろう事は想像に難くは無く、部隊長もそれを承知のうえで、レオン達に嫌がらせをしているのだ。
「意図的な作戦行動の妨害は反逆罪だ。軍法に則りお前を拘束する」
「なぁッ……!?」
しかし、レオンは殺気の籠った瞳で部隊長を鋭く睨み付けると、淡々とした口調で事実を述べた後、右手を腰に提げたガンブレードへと閃かせた。
本来ならば然るべき証拠を押さえ、本国の沙汰を待つべきなのだろうが、時にレオンにとって、今この場で情報を欠損する事は生死に直結する重要事項で。
故に、後から起こるであろう面倒と、自分と仲間達の命を天秤にかけ、より重たいものを選んだのだ。
しかし、レオンが腰のガンブレードを抜き放つ直前。
「下らねぇ真似してンじゃねぇ。うざってぇッ!!」
「ごぁッ……!!?」
ゴギンッ!! と。
突如として、部隊長の頭に巨大な拳が振り下ろされると、静かな怒気を孕んだ野太い声が部屋の中に響き渡る。
その声の主こそ、つい先ほどレオンが警戒した大男であり、拳を受けた部隊長はそのあまりの威力にフラフラと足元をふらつかせ、作戦卓へと身体を預けた。
「な……何ッ……をっ……!! 貴様ッ……!!」
「オイ兄ちゃん。ソレ。抜かなくて良いぜ。それと……ホレ」
「ッ……!」
「あ~……まだ足りねぇか。オイ!! エルクッ!! 何やってんだ!! 資料足りてねぇじゃねぇかッ!!」
背後を振り返り、怒りに身体を戦慄かせる部隊長だったが、大男はそれを一顧だにする事は無く、部隊長が取り落とした資料をまとめて拾い上げると、そのままレオンの方へ放って渡す。
しかし直後。
レオンたちが四人である事を見た男は、怒鳴り声を張り上げて、この場を取り仕切っている女性士官を呼び付けた。
そして……。
「貴様ッ!! 誰に手を挙げたと思っているッ!! これは国際問題だぞ!!」
「あぁ……? 知らねぇよ。騒ぐな。目障りな奴だな」
「所属と名を名乗れェッ! これは大問題だッ! 貴様の上官に正式に抗議させて貰うッ!!」
「お……お待ちくださいッ!! どうか――」
「俺か? 俺様はエツルドつってな。コイツらを仕切ってる指揮官だ。んで? 上官に抗議だったか? できるモンならしてみやがれ」
「がァッ……!?」
矛先を自身を害した大男へと向けて怒る部隊長だったが、大男は悠然と言葉を放ちながら、部隊長の胸倉を掴む。
そんな大男改めエツルドに、エルクの必死な叫びが響くも効果は無く、まるで人形のように軽々と放り投げられた部隊長は、部屋の隅に背中を打ち付けて昏倒したのだった。




