2081話 不和の援軍
同時刻。
ネルード公国、『研究所』上層のとある一室。
絢爛豪華な装飾が施された広い廊下を、レオンたち特務隊の面々は、他の派遣された部隊の隊長たちと共に歩いていた。
先頭には、軍服然とした意匠の服に身を包んだ細身の男が歩いており、その男こそが、レオンたちエルトニアの援軍をネルードへと引き入れた張本人だった。
レオン達の前でバイニンと名乗ってみせた男は言動を窺う限り、どうやらネルード公国に属する者でも、エルトニアに属する者でも無いらしい。
つまるところ、レオンたちはエルトニアの上層部の人間が個人的に繋がりを持つ某かのために、こうしてネルードまで駆り出されて居るという訳だ。
「…………」
「なぁ、レオン。なぁ……って!」
「……何だ」
「俺達、完全に浮いてるじゃねぇか……。他ン所は体調だけみてぇだしよ……」
「そうだよ! 私もネルードの観光、したかったのになぁ……! 見たでしょ? あの不思議な街並み! あそこでショッピ……もといお買い物とかぁ!」
「何か理由が……あるのですか?」
「……俺の側から離れるな」
コツコツと歩を進める中で、レオンの傍らに身を寄せたファルトが周囲へ視線を向けながらひそひそと口火を切ると、同じく肩を並べていたシャルロッテがファルトの抗議に同調する。
しかしただ一人、ミコトだけは静やかな瞳でレオンを見上げて問いかけた。
それでも。
レオンが己の内に留めた情報を仲間達に語り聞かせる事は無く、ただ一言静かに言葉を返す。
そもそも。
今回集められたのはファルトの言う通り部隊長クラスのみで。本来ならばただの隊員であるファルトたちに出席する権利も義務もない。
だがそこを、遊撃的に立ち回ることの多い特務隊であることを理由にレオンが無理を通し、レオン達に限って部隊全員が参加する運びとなったのだ。
「ちぇ~っ! んだよそれ……」
「んふ~っ! もぅ素直じゃないんだからぁ……。寂しいなら寂しいって言ってくれればいいのにぃ……」
「……黙っていろ」
「…………」
レオンの冷たい言葉にファルトは唇と尖らせて文句を零し、にんまりと可愛らしい笑みを浮かべたシャルロッテは、ふざけた言葉と共にレオンの脇腹をツンツンとつつく。
一方でミコトは、二人をあしらうレオンをただ一人、意味深な瞳で見上げていた。
「ハァ……」
だが、流石のファルトたちも、周囲に他の部隊長が肩を並べている中で、無駄に騒ぐ気は無いらしく、互いに視線で語り合うように目配せをしながら、大人しくレオンの後ろへと収まる。
それを確認すると、レオンは静かに溜息を零し、最前を歩くバイニンの背を鋭い瞳で睨み付けた。
今回の任務に就くにあたって、レオンはこのネルード……ひいてはヴァネルティ連合が仕掛けた戦線に、テミスが参加している可能性が高いことを仲間達へ伏せていた。
更にレオン達に課せられた密命、白翼騎士団の討滅についても、ファルト達にすら明かしてはいなかった。
あくまでも状況を重ね合わせた推測に過ぎない上に、レオン自身が未確定情報を触れ回る気質では無い。
加えてトーマスからの情報ではどうやら、エルトニアから参戦しているレオン達以外の部隊は、全てがあの日レオン達を呼び付けた男たち肝入りの部隊らしく、情報を持っていること自体が危険なのだ。
だからこそ、レオンは敢えて情報を伝える事はせず、己が内で留めていたのだが……。
「チッ……!」
いよいよ面倒だな……。と。
レオンは小さく舌打ちを零すと、がんじがらめに囚われつつある現状に、胸の内でひとりごちる。
この先を行くバイニンという名の男は、その名からして間違いなくレオン達と同じ転生者だろう。
そしてこのネルードのちぐはぐな外見の建物を見れば、ネルードの内部にも転生者が潜んでいる事は容易に推測できる。
「さて皆様! 改めて、ネルード公国へようこそ!! この先の部屋では、ネルードの方々がお待ちです! ですが……何と言うかそのぉ……」
「何だ!? 御託は良いからさっさとしないか! こちとら若造がゾロゾロと見学に付いてきている所為で苛立っているんだッ!」
「…………」
軽薄な調子で言葉を並べ立てるバイニンに、レオン達と肩を並べている部隊長の一人が気炎をあげた。
その様子をただ、レオンは自分達に対する嫌味がぶつけられて尚、ただ静かに目を細めて見守っている。
「いえいえ! 見学ご結構なのですよ!! 実はッ!! 先方の方々はたいへん気難しい方が多くてですねぇ……。どうか、ご注意いただければと思います」
「ハン……!! こちらも無礼を働いてしまっているからなぁ……? ある程度は覚悟しておるとも」
「フン……」
チラチラとレオンに視線を向けて皮肉を謳う部隊長に、バイニンが人の良い笑みを浮かべて告げると、口を開いた部隊長は最後にニンマリと口角を吊り上げて、締めくくるようにレオン達を睨み付けた。
そんな嫌味を前にして尚。
レオンは後ろで憤るファルトたちを身振りで制止しながら鼻を鳴らし、冷ややかな視線を以て応じたのだった。




