2080話 退路無き戦い
この場に無い戦力を当てにした所で意味は無い。
裕に十数分ものあいだ、己の置かれた苦境に嘆いた後、テミスは漸く心を決めると、現状を打破するための方策を練り始めた。
とはいえ、完全に味方である人員はテミス自身を含めてたったの四人。
他国が動き出すよりも早く片をつけるどころか、本来ならばネルード一国を陥とす事さえ不可能な戦力だ。
「ロンヴァルディアからの援軍を期待できない以上、戦力もこちらで何とかするしかない訳だが……」
コトリ、コトリ。と。
考えを巡らせながら食卓へと近付いたテミスは、仲間達が固唾を飲んで見守る前で、空の器を並べ始める。
だがテミスとて、無意味に器を散らかしている訳ではなく、その一つ一つには胸の内で定められた意味があった。
「鍵となるのは間違いなくアイシュだ。次点でスイシュウ、サンだろうな……」
並べた三つの器に視線を注いだテミスは、思考に没頭したまま呟きを漏らす。
テミス達を除けば、最大の戦力を有しているのがアイシュだ。
今はどこぞの反政府組織に身を寄せているとはいえ、単騎であろうとテミスと真正面から渡り合うことの出来る戦力は、到底無視できるものではない。
次にスイシュウは、個人の戦力としては無視できるレベルではあるものの、その思考の柔軟さと治安維持兵である社会的な地位は、現状欠かす事ができないほどに有用だ。
そこに加えてサン達は、個人の戦力としてはそこそこであるものの、ネルードの中でははぐれ者に類する彼等に、大きな期待を寄せるのは酷というものだろう。
「だが、三者を引き会わせる訳にはいかない」
この三者はいずれも、今のネルードにこそ反感を抱いてはいるものの、現状を改革したいと望んでいる連中だ。
当然、如何なる事情があろうとも、ロンヴァルディアの侵攻を受け入れるはずも無く、潜在的にはテミス達の敵であるともいえる。
なればこそ、今は分かたれている三つの勢力に繋がりを作ってしまえば、それは後々にテミス達自身へ牙を剥く可能性は非常に高い。
だが戦力に困窮しているテミス達に選り好みをしている余裕など無く、重要となってくるのは、如何にこの三つの勢力を交わらせずに、戦況を操作していくかに尽きるだろう。
「あとは……」
続けてもう一つ。
三つの器から離れた位置にもう一つ器を置くと、テミスは静かに目を細めた。
不幸中の幸いにも、エルトニアが送り込んできた部隊の中には、テミス達の知己であるレオンたちの部隊が混じっている。
彼等はエルトニアにこそ属してはいるものの、有事の際にはファントで保護する密約を結んでおり、食客として肩を並べて戦った事もある。
故に、完全に敵であるとは言い切れないが、エルトニアの手の者としてこの地を訪れている以上、刃を交える覚悟はしておくべきだろう。
「ふぅぅぅぅぅ……」
整理してみて尚、あまりにも絶望的な現状に、テミスは深く長いため息を吐くと、顔の前で組んだ手の甲へと額を預け、ゆっくりと目を瞑った。
「やれやれ……全く、こんな所まで来て何をやっているんだろうな……」
顔を伏せたまま、テミスは溜息と共にひと際低い声で嘯くと、傍らで口を噤んでいた三人がビクリと僅かに身を竦めて視線を交わす。
そもそもの話。ロンヴェルディアに身を寄せているリコやノル、そして自らの意志でロンヴァルディアに付いたユウキとは異なり、テミスにとってこの場所は死地では無いのだ。
今この場で無理を通してたった四人で戦わずとも、即座に離脱をしてファントへ戻れば、黒銀騎団の精鋭たちを率いて戦う事ができるだろう。
だがそれは、同時にロンヴァルディアの壊滅を意味している。
だからこそ、三人の目にはまるで縋るかのような、必死な色が浮かびかけたのだが……。
「お前達。これから先は今まで以上に危険が付きまとう。だが生憎、こちらの戦力は不足している。急場を凌ぐにしろ、幾つか分の悪い賭けに出る事もあるだろう。死ぬ気で付いて来い」
現状を憂うような愚痴を零したものの、テミスの脳裏には欠片たりとも退くなどという選択肢は無く。
交叉した掌の陰に隠された口元は、皮肉気な微笑みを浮かべていた。
無論。テミスとしてはただ、ファントの町を戦渦に巻き込まないための最善手を選んでいるだけなのだが。
けれど、テミスの放った言葉は三人にとって予想外に過ぎるもので。
「えっ……!?」
「何を呆けている? 作戦を共有する。早速動き出すぞ」
そんな三人の甲高い疑問の声が重なったのにも構わず、テミスは気力に満ちた瞳を仲間達へ向けると、凛とした声で言い放ったのだった。




