幕間 紅の激怒
テミス達がネルードへと出立した後。
フリーディアの命令によってパラディウム軍港へと帰還したサキュドたちを待っていたのは、鬼気迫る気配を纏った、怒り心頭のフリーディアだった。
「サキュドッ!!! どうしてこんな滅茶苦茶な真似をしたのッ!!」
「ギャンギャンと喧しいわね。アタシは任務を果たしただけ。アンタに文句を言われる筋合いは無いわ」
「大アリですッ!! 怪我人が出なかったから良かったものの……味方の船を制圧するなんて……!!」
「味方の船じゃないわ。所属不明艦よ」
「現にッ!!! あなた達が襲った船はッ!! 味方だったじゃないッ!!!」
衆目を憚ることなく叱責するフリーディアの怒号を、サキュドは酷く面倒であるという内心を隠す事無くあしらってみせる。
その態度が更にフリーディアの怒りに油を注いだのか、天を衝くような怒号が響き渡る。
「……呆れた。ホンット、頭が緩いのね。アタシ達は戦争をしているのよ? 通達も無しに押しかけて来る方が悪いわ」
「だとしてもッ!! まずは、敵か味方かを識別するところからでしょうッ!!」
「そんな暇ないわ。制圧が先よ。その後で味方なら開放すれば良いだけだもの」
「そういう問題じゃないわッ!! 貴女はッ!! あろうことか援軍に……友軍に刃を向けたのよ!! 決して許される事じゃないわッ!!」
「やれやれ……ね……。あの方が貴女に作戦を共有しない理由が良ぉくわかるわ?」
「ッ……!!!!!」
壮絶な舌戦の最中。
先に相手の一戦を越えたのはサキュドの方だった。
尤も、その瞳には好戦的な光がギラギラと輝いており、意図的にフリーディアを煽り立てているのはあからさまで。
普段のフリーディアならば、サキュドの見え透いた挑発など、悠然と受け流していたのだが……。
「フッ……滑稽ね? 彼女が貴女を置いていった理由が良くわかるわ?」
「ッ……!!!!!」
精神的にも、身体的にも余裕の無かったフリーディアは既に冷静さを失っており、まるでテミスのように皮肉気に頬を歪めて嗤うと、返す言葉でサキュドを煽り立てる。
瞬間。互いに地雷を踏み抜かれた二人の間を殺意が迸り、場を一瞬にして戦場のような緊迫感が包み込んだ。
「頭の足りない人間風情が……舐めた口をきいてくれるわねッ!!」
「抜いたわね? 私に向けてその槍を」
怒りに表情を歪めたサキュドが、中空に閃かせた掌に紅槍を現出させると、それに応ずるように、フリーディアも腰の剣をスラリと抜き放つ。
その時には既に、最初は何事かと眺めていた騎士たちも、二人から放たれる殺気に耐えかねて十分な距離を取っており、二人の傍らに残っているのは僅かに数えるほどだった。
「止さないか! 二人とも!! こんな所でッ!!」
「ユナリアスは退がっていて。このみんなが大変な時に好き勝手ばっかりして!!」
「サキュド様ッ……! 気持ちは我々とて同じですが……この場で刃を交えるのは流石に……!」
「巻き込まれて死にたくなければ下がりなさいな。あの舐め腐った女には、自分の立場というものをわからせないといけないわッ!!」
しかし、ユナリアスやサキュドの旗下の魔族がいくら止めようとも、二人は互いを睨み殺さんばかりに視線を交えたまま火花を散らし、示し合わせるかの如くゆらりと武器を構える。
「っ……!!! まずいッッ!!! 退避ッ!! 総員退避だッ!!! 逃げろッ!!」
「――ッ!!!!」
荒れ狂う暴風のようなサキュドの殺気と、バチバチと中空に走る紅色の紫電のような魔力に、最後まで傍らでサキュドを止めていた兵が声高に叫びをあげ、その号令を合図にして一、蜘蛛の子を散らすように一斉に跳び退がる。
その統率された反応速度は、そのまま彼等の練度の高さを物語っていた。
それに僅かに遅れて、フリーディアを止めていたユナリアスも反射的にその場から飛び退く。
だが……。
「食らえッ!!」
ユナリアスが脚に力を込めた頃には既に、怒りと共に既に魔力を紅槍に溜め込んでいたサキュドは、掠れた狂笑と共に刃を振るうと、紅色の魔力によって形成された刃を打ち放った。
刃が一直線に向かう先はフリーディア。
しかしその周囲にはまだ、ユナリアスを含む最後まで彼女の悋気を抑えようとしていた者達が居て。
「ハァァァッッ!!!
だが、まるで逃げ遅れた者達を庇うかの如く、フリーディアは凛とした声を響かせながら軽いステップで前へ数歩進み出ると、抜き放っていた剣で飛来する紅の刃を受けて斬り払った。
「なっ……!!?」
「今の技……皆の事を巻き込む気で撃ったわね? 絶対に許さない」
サキュドが放った技は、テミスの月光斬を模倣した必殺の一撃だった。
だがそれを軽々と斬り払ってみせたフリーディアに、サキュドは驚愕のあまり息を呑むと共に、僅かに身体を硬直させる。
そんなサキュドと相対したフリーディアは、遠巻きに場を眺めている者達ですら、背筋に寒気を覚えるほどの静謐な怒りを滾らせながら、携えた剣で宙を切って構え直し、甲高い風切り音を奏でたのだった。




