幕間 雌伏の憂鬱
キキン! ガキンッ! と。
剣を打ち合わせる音が木霊する。
パラディウム砦を抱く島の一角では、紅色の槍を構えたサキュドが、数人の騎士の訓練相手を務めていた。
「ふぁ……」
小さな欠伸と共に一人目。
大上段に振りかぶり、真正面から斬りかかってきた騎士の胴を柄で払って退ける。
そのまま、スルリと柄に這わせた掌を軸にして槍を回転させ、傍らから隙を狙っていた二人目の騎士を石突で軽く突いて吹き飛ばす。
さらに三人目。
前の二人を囮に使ったのか、はたまた偶然の産物か。
僅かな時間差をつけて斬りかかってきた騎士の頬に、べしりと槍の柄で叩き伏せる。
「……暇ね」
空を眺めて嘯いたサキュドの周囲では、既に体力が尽きて伏している物を含めれば、既に十人を超える騎士達が膝を付いていた。
だが、サキュドにとっては彼等との戦闘など、片手間の手慰み程度のものでしか無く、退屈が紛れる事すら無かった。
「この間の戦いは少しだけ楽しかったけど……」
幾度となく叩き伏せられて尚、気合と根性を以て立ち上がった数人の騎士が、再び雄叫びをあげながら、サキュドへと突撃を敢行する。
その時のサキュドは、片手を頬へと当てて先の戦いに思いを馳せており、そのせいで僅かに反応が遅れる。
とはいえ、遅れたと言ってもそれは刹那の内の話で。
この圧倒的な実力差が横たわる訓練戦闘では、隙とすら呼ぶことの出来ない隙なのだが。
「うわっ!?」
「がっ……」
「ぐあっ……!!」
胸の内を焦がす甘い戦場の記憶に思いをはせたまま、サキュドは微笑みすら浮かべて槍を振り回し、自らへ向けて繰り出される攻撃の全てを弾き飛ばす。
その反動で、攻撃を仕掛けた者達は尽く吹き飛ばされ、サキュドに土埃一つ付ける事すら出来ずに再び地面の上へと倒れ伏した。
「まぁ……良いわ。我慢してあげる。次の任務は楽しそうだもの」
艶やかな笑みを浮かべ、サキュドは紅槍を虚空へと消し去ると、周囲に倒れ伏す騎士たちには一瞥たりともくれずに歩き始める。
それは訓練終了の合図でもあり、また一日、ただひたすら叩き伏せられ続けるだけの訓練を潜り抜けた騎士達は、疲労と安どのため息を漏らした。
「おっと。アナタ。それは暗殺者のやりかたよ? アタシは別に否定しないけれど、訓練以外の攻撃は加減しないわ?」
その背中から、不意打ちを狙って体を起こした騎士に、サキュドはキロリと紅の眼だけを向けて、愉し気に忠告する。
尤も、万に一つの可能性すらない程の実力差が故に、鈍重極まる動きで奇襲を仕掛けた所で、サキュドを捉える事は不可能なのだが……。
「っ……!! 申し訳ありませんッ!!!」
「クス……次はうまくやりなさいな。この首穫れれば大金星よ?」
忠告を受けた騎士は、その場で崩れ落ちるように頭を垂れると、恐怖に満ちた謝罪の言葉を叫びあげる。
そんな騎士に、サキュドは愉し気な微笑みを浮かべたまま歩み寄ると、その震える耳元で囁くように告げたのだった。




