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2073話 北の地で走る衝撃

 同時刻。

 北方・獣人国家ギルファー。

 雪に閉ざされた故郷に足を踏み入れたシズクは、賑やかな町を抜けて登城すると、一直線に王であるヤタロウの元へと向かう。

 今回、ファントから帰郷したのは他でもない、王であるヤタロウからの勅命を受け、早馬を駆って急ぎ戻ってきたのだ。


「ヤタロウ様。シズクです」


 かつてテミス達と共に死闘を繰り広げた城内を足早に抜け、シズクはヤタロウが執務を行う王の間へと辿り着くと、静かに名を名乗りながら扉を開ける。

 本来ならば、ギルファーの王であるヤタロウに謁見する為には、王の安全のために厳しい検査を受けた後、警護の者と共に謁見するのが習わしだ。

 だがシズクを含む一部の者達だけは、それらの検査を全て免除されている上に、帯剣したままでの謁見をもヤタロウ直々の命で許可されている。

 更に、シズクは本来ならば入室の許可すら求める必要は無い。だが、それでも身に余る特権にシズクは一言声だけかけてから、待てども返ってこない返答に早々に諦めを付けておずおずと室内へ足を踏み入れた。


「おぉ……!! 待っていたよッ!! 急に呼び出してすまないね」

「……ヤタロウ様。お願いですからお返事くらいしてください! 許可なくヤタロウ様の執務室へ足を踏み入れるなど、私には怖れ多いです!」


 それを迎えたのは、既に眼前の書類を脇に避け終えて、にこやかな微笑みを浮かべたヤタロウで。

 堪えかねたシズクはプルプルと緊張に脚を僅かに振るわせながら、必死の思いで懇願する。


「過度な謙遜は良くないぞ。お前が勝ち得た褒美なのだから、黙って受け取っておくべきだろう……。彼女(・・)なら、きっとこう言うだろうね?」

「っ……!!! もぅ……!! それを言うのは狡いですよ」

「狡くて結構。これでも王様だからね。……っと、こうして話していたいのはやまやまなのだけれど……シズク。君を呼んだのは緊急の用件があっての事なんだ」

「っ……! はい。お伺いいたします」

「…………。コジロウタが見付かった」

「なっ……!!?」


 話が本題に差し掛かると、シズクは背筋を正してから改めて跪き、真摯な視線をヤタロウへと向ける。

 そんなシズクに、ヤタロウは少しだけ寂し気な苦笑いを浮かべた後、何かを誤魔化すかのようにポリポリと頬を掻いてから、静かな声で本題を口にした。


「コジロウタ様が……ですかッ!? それは朗報ですねッ!! すぐにお迎えにあがらねばッ!!」

「そうだね。彼は元は流れ者でありながら、厚い忠義と何よりその剣の腕を以て、一代にして君たち猫宮と同格にまで上り詰めた剣豪だ。国もいまだ安定しない今、是非とも彼には帰還願いたい所なのだが……」

「何か……問題でも……?」


 思いがけず飛び出た英雄の名に、シズクは歓声をあげるが、ヤタロウは柔和な微笑みを浮かべたまま眉根を寄せて言葉を濁す。

 その言いざまに、シズクは即座に何か問題が起こっているのだと察すると、再び姿勢を正して真剣な声で問いかけた。


「うん……先日、ロンヴァルディアとその隣国、ヴェネルティ連合が戦争を始めたのは知っているかい?」

「なっ……!!? ロンヴァルディアが……ですか!?」

「かなり派手な戦いみたいだね。遠く離れたギルファー(ここ)までも、速駆けで報せがきたよ」

「っ……!! まさか……」

「ん? 何か知っているのかい?」

「いえ……もしやとは思いますが。そういえばファントの町で近頃、白翼騎士団の皆やテミスさんの姿をお見掛けしなかったな……と思いまして」

「なんだって……? それは本当かい?」

「はい。少なくとも、私がファントを発つ日までのここ数日は確実に。てっきり、また遠征をされているのかと思いましたが……」

「……まずいな」


 シズクの話を聞いたヤタロウは、一気に表情を険しく顰めると、執務机の中から上質な紙を一枚取り出して、サラサラと筆を走らせ始める。

 その雰囲気に気圧されて、シズクは思わず口を噤んだのだが、ヤタロウはすぐに顔をあげてシズクに微笑みかけると、静やかな声で言葉を続けた。


「報告では、どうやらコジロウタは今、件のヴェネルティに付いて傭兵をしているらしいんだ」

「なっ……!!? それでは……!!!」

「このまま放っておけば、まず間違いなくテミス達とぶつかってしまうだろうね。我々ギルファーとしては、それだけは避けなくてはいけない」

「っ……! っ……!!」

「シズク。今からいくつか書状を作るから、急いでそれを持ってヴェネルティへ向かって欲しい。勿論、現地の部隊やコジロウタ、テミスにも宛てる」

「は、はいッ……! 任務、承りましたッ!!」


 一筆をしたため終えたヤタロウは、新たな紙を引き寄せて再び筆を走らせながら、焦りを帯びた口調でシズクに命令を伝える。

 そんなヤタロウに不安気な視線を向けた後、シズクはその後ろに設えられた大きな窓から、灰色に染まった空を見上げた。

 そのどんよりと立ち込めた雲からは、しんしんと音も無く雪が降り始めていたのだった。

 本日の更新で第三十章が完結となります。

 この後、数話の幕間を挟んだ後に第三十一章がスタートします。


 アイシュの強襲以降、戦線は膠着の様相を呈し始めたものの、その先でテミス達を待っていたのは酷く面倒な折衝の数々でした。

 戦いで重傷を負ったテミスは、折衝仕事の矢面に立つ事こそ免れますが、状況は芳しくありません。

 そこでテミスは一計を案じ、ロンヴァルディア側の体制が整うまでの間の時間稼ぎをすべく、敵国の一つであるネルードへの潜入を決行します。


 新たな町で蠢く陰謀と新たな出会いは、テミス達に……そしてこのロンヴァルディアとヴェネルティの戦争に何をもたらすのでしょうか?


 続きまして、ブックマークをして頂いております912名の方々、そして評価をしていただきました158名の方々、ならびにセイギの味方の狂騒曲を読んでくださっております皆々様、いつも応援してくださりありがとうございます。


 いただきました感想も重ねて読ませていただき、作品制作の力の源とさせていただいております。併せて深く御礼申し上げます。


 さて、次章は第三十一章です。


 傍若無人な軍人エツルドに、いまだ謎に包まれた『先生』なる者の存在。そしてネルードに反旗を翻したアイシュ。


 ロンヴァルディア側の情勢もままならぬ中、戦況はより一層混沌とした様相を呈してきました。

 さらに戦乱の地を巡って蠢くいくつもの陰謀や事情。


 ヴェネルティ連合とロンヴァルディアの戦いの行く末やいかに……?


 セイギの味方の狂騒曲第31章。是非ご期待ください!




2025/5/28 棗雪

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