2072話 災厄の芽吹き
コツリ、コツリ。と。
部屋の中の空気が凍り付く中を、レオンは足音を響かせながら前へと進み出て、トーマスの隣へと並び立つ。
そして、表情を歪めて凍り付く男を真正面から見据え、更に口を開いた。
「……救いようが無い。お前のような無能が上では、この国も長くはないな」
「あっ……がっ……なっ……っ……!?」
「貴様ァァッッ!!!」
「ふっ……」
今度はトーマスを介す事無く、レオンは男へ向けて直接、素直な気持ちを言葉にして言い放つ。
だが、遂に堪忍袋の緒が切れたのか、先ほどから怒り心頭だった男が絶叫し、腰のガンブレードを引き抜いて猛然とレオンへ斬りかかった。
しかし、レオンはその場を微動だにする事無く涼し気に微笑むと、自らを斬殺せんと振り下ろされる白刃をチラリと見上げ、それを振るう男の手をバシリと掴み取って刃を止めた。
「なぁっ……!!?」
「アンタの命令通り、素直な気持ちを口にしただけだ」
「グッ……! クッ……!! 放せェっ!! この痴れ者がッ!!」
「…………」
ガンブレードを握る男の手を掴んで刃を止めたまま、レオンはいまだに凍り付いたまま動かない男へ視線を向けると、静かな声で言い放つ。
瞬間。
レオンへ斬りかかった男は、固く食いしばった歯の隙間から悔し気に息を漏らしながら、怒りの叫びと共にレオンの手を振り払って跳び退く。
尤も、レオンがその気になれば、男が腕を振り払う前に、男からガンブレードを奪い取ったうえでその身を床に叩きつけ、制圧する事も出来たのだが。
反撃とはいえ、こちらから攻撃を加えてしまえば、間違い無く厄介事になる。
その直感がレオンに応撃の手を止めさせ、怒りに滾る男の手を離させたのだ。
「……面白い意見だね。参考までに……理由を聞かせて貰おう」
跳び退がった男が追撃のため、抜き放ったガンブレードを構えるが、凍り付いていた男が腕を伸ばしてそれを制すると、堪え切れない怒りに震える声で、レオンへと問いかける。
「いったい俺達が何のために、特別任務に就いていると思っている? 奴等を敵に回せば最悪……国ごと亡びるからだ」
「ハッ……!!! 随分と過大評価だな! たかだか都市一つしか持たん小国風情が、我々エルトニアに勝ると? あり得ん……妄言にも程があるッ!!」
「…………」
「あ~……うん、構わないよ。君たちの任務はご存じだ。今この場のみ、口を噤む必要はない。勿論、節度をもってね」
レオンの答えに、男は大仰な態度で吐き捨てると、バシリと自身の額を叩いて嘆いてみせた。
だが、レオンは更に言葉を重ねる前に口を噤み、まるで何かを確かめるかの如く、トーマスへと視線を向ける。
その言葉無き問いにトーマスは苦渋の笑いを浮かべると、溜息まじりにコクリと頷いてみせた。
「妄言でも構わない。だが、死にに行けと言われて頷けるほど、俺は馬鹿じゃない」
「あぁ……わかった。理解したぞ。君はつまり、自身が無いのだな? 確かに相手は最強と名高い白翼騎士団だ。自分達の実力では敵わないと思うのも無理はない。だが安心したまえ、君たちのために新たな装備も用意しよう。準備は全てこちらで請け負う。君たちが、最強になるんだよ!!」
「フッ……。弁舌だけは立つんだな」
「何ぃ……?」
「白翼騎士団を敵に回す意味。アンタは本当にわかっているのか? ロンヴァルディアだけではない。全てが敵に回ることになる」
レオンは男を見据え、淡々とした言葉で揺るぎのない事実を告げた。
仮に今、レオン達ギルファーが白翼騎士団の暗殺に動けば、白翼騎士団の属するロンヴァルディアは確実に敵に回る。
そして更に、今も白翼騎士団に随伴しているであろうテミスが敵に回り、それは黒銀騎団擁するファントが敵に回る事と同義だ。
だが、事はこれだけでは終わらないだろう。
ファントが敵対すれば、縁の深い獣人国家ギルファーや、協力関係にある魔王軍も自ずと敵に回る。
つまり、エルトニアはヴェネルティとの縁を紡ぐ代わりに、それ以外の周辺国家の大半を敵に回す事になるのだ。
「ハハハハハッ……!! 安心しなさい。それは杞憂だ。簡単な話さ。最強の称号が白翼騎士団から君たちへと移るだけ。確かにロンヴァルディアは一時的に敵に回るかもしれないが、我々に降らざるを得んさ。魔王軍も然り。手を焼いていた白翼騎士団に勝る部隊なんだぞ? 警戒を強めて容易く手を出しては来ない! これが政治というものさ」
「……話にならん」
だが、男は高らかに声をあげると、見当外れも甚だしい理論を並べ始める。
その講釈に、レオンは根本から話にならないと察すると、胸の内でファントへ逃れる方策を練りながら、この場から立ち去るべくクルリと身を翻した。
「あっ……!! 待てッ!!! 無礼を謝罪していかないかッ!!」
「構わないさ。良いじゃないか。彼もまだ若い。緊張で言葉を違えてしまう事も、厳格な場に堪らず逃げ出してしまう事もあるだろう」
「ですがッ……!!」
「無論。その分の貸しは任務の成功で支払って貰うがね。トーマス大佐。君が、しっかりと、言い付けるんだ。いいね?」
「いや……あ~……はは……はぁ……」
男は足を止める事無く部屋から立ち去ったレオンの意図を違えたまま、ニンマリと悪どい笑みを浮かべると、残ったトーマスを指差して命令を告げる。
そんな男に、全ての算段を破壊されて為す術の無くなったトーマスは、ただ苦笑いを浮かべる事しかできないのだった。