2065話 絆無き共闘者
「がッ……ぅ……ぁ……」
ずずん……。と。
重たい音を響かせ、エツルドの身体が地面へと倒れ込んだのは、テミスの繰り出した斬撃が優に百を超えた頃だった。
倒れ伏したエツルドの周囲には夥しい量の血飛沫が飛び散っており、地面を赤く染めている。
「フゥッ……やれやれ……しぶとさだけは見上げたものだった……」
一息を吐いたテミスは、大剣で宙を薙いでから肩に担ぐと、壁を維持し続けているアイシュの元へと踵を返す。
本来ならばテミスたちとしては、アイシュの目的が分かるまでは、こうして顔を合わせるのは極力避けるべきだった。
だが、既に出会ってしまった以上は嘆いた所で意味は無く、この場から脱兎のごとく逃げ出した所で、事態が好転することはあり得ない。
故に、不利や情報の不足は承知のうえで、それなりの着地点を見付ける必要がある。
幸いなのは、存在が露見したのがテミスだけという点で。
アイシュと面識のあるユウキならばきっと、戦いの場を覆い隠した闇色の壁を確認した時点で、即座にノルとリコを連れて離脱しているはずだ。
ならば、最低限引き出さなればならないのは、自分達の無事な帰還。
とはいえそれは最低条件であり、テミス達の目的を鑑みれば、互いにこの場での出会いを無かったことにする程度の譲歩は欲しい所だ。
「……相変わらずの剣の冴えですね」
「煽てても何も出んぞ?」
「構いません。本心ですから。一度付けた傷をなぞるように斬撃を重ねて、無理矢理に深手を負わせるなど、神業としか言えません」
「……それが、奴の一番楽な倒し方だったからな」
褒めちぎるアイシュに適当な言葉を返しながら、テミスは大剣に再び巻き布を巻き付けていく。
テミスに加勢をした点と、サンからの情報から推測すると、恐らくアイシュはエツルドと敵対関係にあったのだろう。
だが、共通の敵であったエツルドを倒した今、アイシュとテミスの関係性は非常に危ういもので。
場合によってはこのまま、ここでアイシュと戦う羽目になる可能性も孕んでいた。
「…………」
「そう警戒しないで下さい。少なくとも私には、今この場で貴女と戦う気はありませんよ」
「そうか。ならば何故、『壁』を解除しない?」
「貴女に対しての誠意と……少し、お話をしたいと思いまして」
「フム……」
そう告げられて、テミスは小さく息を吐くと、少し考えを巡らせてからコクリと頷きを返す。
誠意と対話。
確かに考えてみれば、アイシュの告げた言葉は筋が通っていた。
もしもアイシュが、テミスとも敵対する立場ならば、エツルドを倒した瞬間に周囲を囲う壁を取り払い、大剣を抜き放ったテミスの姿を衆目に晒してしまえば良い。
それだけで少なくとも、アイシュはネルードに密かに潜り込んでいたテミス達の目論見を叩き潰す事は出来たのだ。
しかし、それをしなかったという事は……。
「そうだな。ちょうど私も、お前には色々と聞きたい事があったんだ」
「ふふっ……やはり気が合いますね。私たち」
「辞めろ気色悪い」
「つれませんねぇ……。あぁ、格好はこのままで失礼しますよ? 貴女も私も、外から邪魔が入っては面倒でしょう?」
「構わん。続けろ」
テミスの答えに、アイシュはクスリと微笑みを漏らして軽口を叩くが、テミスは溜息まじりにアイシュの軽口を一蹴すると、膝を付いたアイシュの傍らに腰を下ろす。
打ち倒した大男の遺体が転がる前での対話など、テミスとしても御免被りたい所ではあるのだが、互いに互いを逃がす訳にはいかず、二人の身の上を鑑みれば現状で言葉を交わす場所は、ここを置いて他にはなかった。
「まず、何故貴女がここに居るのです? 私の誘いをああも手酷く振ったんだ。私を追いかけて来てくれた訳ではないのでしょう?」
「さて……どうだろうな? やはりロンヴァルディアに愛想を尽かして裏切りに来た。案外その可能性もあるやもしれんぞ……?」
「…………。フゥ……」
まずはとばかりに口火を切ったアイシュに、テミスは皮肉気に唇を吊り上げて肩を竦め、全身全霊を以てとぼけてみせた。
ここは交渉の場。
なればこそ先に情報を与えるのは愚策でしか無く、可能な限りこちらの情報は伏せたまま、アイシュの話を引き出す。
そうテミスは考えていたのだが……。
「我々には時間があまり残されていない。この際です。面倒な腹の探り合いは無しにしませんか?」
「別に……私としては力尽きたお前を回収しても構わんのだが?」
「いいえ。私の力の話ではありません。もしかして、気が付いていないのですか? あの男、姿形は精巧に似せられていますが、エツルドではありませんよ?」
「ッ……!!」
「それに、こうも派手に『壁』を出してしまいましたからね。じきに正規軍が駆け付けて来るでしょう。それは、私にとっても貴女にとっても都合が悪い……違いますか?」
アイシュは地面に剣を突き立てたまま、不敵な笑みを浮かべてテミスを見据えると、穏やかながらも芯の通った声色でそう告げたのだった。




