2064話 剛柔以て業を制す
バギィィンッ!! と。
打ち払われたエツルドの斬撃は激しい金属音とともにその軌道を変え、テミスの傍らの地面へと突き立った。
この『払い』の技術は以前にフリーディアから習ったもので、テミス自身が大剣に合わせて我流にアレンジしているものの、力任せに剣を振るうエツルドのような剣を制する為に生み出された技だ。
故にその効果は絶大で。
振り抜かれたエツルドの剣は地面を砕いて深々と突き刺さり、がら空きになった身体がテミスの前へと差し出される。
対するテミスは、エツルドの斬撃を払ったままの格好ではあったが、絶好の好機を逃すはずも無く、即座に追撃の体制へと入った。
「ククッ……!!」
「ヌゥッ……!!?」
おもむろに持ち上げられたテミスの左足が、不敵な笑い声と共に地面に突き立ったエツルドの剣の刀身を踏み抜く。
固い軍靴の靴底と刀身のぶつかり合う音と共に、剣を引き抜きべく力を込めていたエツルドの口から困惑の声が漏れた。
それもその筈。
己の磨き上げた技術を以て戦う者達ならば、決してこのような力任せの追撃はしないはずだ。
追撃を仕掛けるにしても、必ず敵の攻撃を捌くことの出来る間合いを保ちながら放たれる。
しかし、テミスは剣術を齧っているとはいえ、いまだに得意とするのはエツルドのそれと同じ力任せな剛の剣。
だからこそ。
敵に隙ができたのならば、全力で前へと踏み込み、必殺の一撃を叩き込むのだ。
「なんっ……」
「ラァッ……!!!」
「がっ……!!!」
驚きに目を見張るエツルドに構わず、テミスはエツルドの剣を踏みしだいたままゆらりと大剣を振り上げると、裂帛の気合と共にエツルドへと叩き込んだ。
放たれた一閃は大剣を握るテミスの手に固い感触を伝えたものの、苦悶の声と共に鮮血が宙に迸る。
しかし。
エツルドはテミスの放った一太刀を喰らいながらも、手に握った剣はがっちりと掴んだまま離さず、斬撃の衝撃で数歩後ろへとたたらを踏んだ。
「っ……!! ハァッ……!!」
「ゥグァァッ……!!!」
更にもう一撃。
テミスは一瞬だけ、僅かに驚きの表情を浮かべたものの、エツルドが体勢を立て直す前に、横薙ぎに追撃を叩き込む。
当然。姿勢を崩し、剣を構えてすらいないエツルドにテミスの一閃を防ぐ術は無く、初撃で袈裟懸けに刻まれた傷と、横薙ぎにはなった一閃が新たに刻んだ刀傷が、エツルドの分厚い胸板に十字を描いた。
「ハァッ……!! 痛てぇ……ッ……!! 痛てぇぞ畜生ォめェッ!!」
「……驚いた。二撃とも身体を斬り分かつつもりだったのだがな。まさか、致命傷にすら届いていないとは」
「クソッ!! クソクソクソッ……!! 許さねぇ!! 殺すッ!!」
「呆れた低能っぷりだな。やれるものならやってみろと啖呵を切った癖に、いざ斬られた時にはそれか」
傷を受け、怒り吠えるエツルドに、テミスは冷ややかな声で言葉を返すと、甲高い音を響かせながら大剣で空を薙ぎ、刀身に付いたエツルドの血を払う。
テミスの膂力と剣圧を以てしても断てぬ程の頑強さ。
それこそが、このエツルドという男の強さの源泉なのだろう。
たしかにこれほど硬ければ、敵の攻撃は致命傷に至らないのだから、そもそも防ぐ必要は無く、その剛力を以て一方的に攻め続ける事ができる。
言うなれば、無理矢理に攻守一体を為したような男なのだ。
だが、いくら致命傷足り得ぬといえども、痛覚まで皆無というだけでは無いらしい。
その証拠に、先ほどまでの斬撃足り得ぬ殴打も、エツルドは自身の身を庇う動きを見せていた。
ならば、こちらの攻撃が僅かばかりであろうとも通るようになった今、やるべき事はただ一つ。
「やれやれ……こんなものか……」
「がぁッ……!?」
息を荒げるエツルドを前に、テミスは呆れ声を残して姿を掻き消すと、瞬時にエツルドの背後に姿を現して斬撃を放つ。
無論。神速の域に達しているテミスの迅さに、力と硬さに特化したエツルドが反応できる道理もなく、テミスの放った斬撃はエツルドの背に新たな傷を刻んで血を迸らせた。
「クッ……!! クソがァッ……!!!」
「フッ……」
「ウグゥッ……!!」
テミスの斬撃に反応できないからといって、エツルドもただ黙って切り刻まれている訳ではなく、斬られて即座に剣を振るい、反撃に転じている。
しかし、エツルドの剣が振るわれる頃には、既にそこにテミスの姿は無く、肉厚の刃はただ虚しく空を裂くだけだった。
「こうなると哀れだな。固いが故に、苦しみが長くなる」
そんなエツルドの足掻きを悠々と躱しながら、テミスは静かに目を細めて積憂いを零すが、放たれ続ける斬撃は一切の容赦も無くエツルドの身体を切り刻んだのだった。




