2063話 犬猿の共闘
突如姿を現したアイシュに、テミスは驚きを見せたものの、即座にその意図を理解して大剣に巻き付けていた巻き布を外す。
勢い良くふわりと宙を舞った巻き布を、テミスはそのまま大剣の柄へと巻き付け直し、漆黒に輝く大剣の刀身が露わになる。
「……一応言っておきますが、この壁を維持している間、私は動けません」
「私に守れと? お前を?」
「クス……。それも魅力的ですがね。自衛ならば多少はできますよ。加勢はできないというだけです」
膝を付き、地面に剣を突き立てたアイシュはその様子を目を細めて眺めた後、テミスを見上げておもむろに口を開く。
その言葉に、テミスは冷ややかな眼差しを向けて問いかけるが、柔らかな微笑みを浮かべたアイシュは、自身の周囲に周囲を囲ってみせたものと同質に見える壁を僅かに隆起させて答えてみせた。
「十分だ。お前の手を借りるのは癪だがな」
「ネルードの民を護っていただいたのです。貸し借りは無しという事で」
「フン……私はただコイツの存在が癪に触っただけだ」
「それは重畳。やはり気が合いますね……私たち。実は私も同感でして」
「軽口はそこまでだ。来るぞ」
「ハッ……この程度で暢気にお喋りたァ、この俺も舐められたもんだなァ……!」
軽薄な調子で言葉を重ねるアイシュに、テミスは低い声でピシャリと会話を遮ると、ゆらりと防御の構えを解いたエツルドを鋭く睨み付ける。
斬撃でこそ無かったとはいえ、テミスの膂力を以て放たれる殴打を受け続けたエツルドの身体は、それなりに傷は残っており、致命傷には程遠いもののダメージは見受けられた。
だが、手や足を止めるほどのダメージには至っていないようで、エツルドは肉厚な己の剣を構えて、怒りの籠った眼でテミスを睨み返す。
「なんだ。見えていなかったのか? 私は今、漸く剣を抜いたのだぞ? 今までのはほんの遊びに過ぎん」
「ハッハァッ……!! 面白れぇ……いいぜ……! だったら試してみろよ……! テメェのへなちょこ剣で、この俺が斬れるかをよォ……!!」
「ククッ……!! 吹いたな? ならば受けてみろ」
テミスの口上を聞いて尚、エツルドは大きく体を開いた隙だらけの構えを晒しており、自信満々な様子で挑発すら口にする。
その誘いに、テミスはニヤリと不敵に口角を吊り上げ、両手で大剣の柄を握り締めると、その刃を高々と天へ掲げてみせた。
不可解な所は多々あるが、どうやらこの男は自身の固さに絶対の自信があるらしい。
だが、躱さないというのならばその奢りという名の自信ごと、こちらの最大火力を以て斬り払うのみだ。
そう心を決めたテミスは、爛々と目を輝かせながら月光斬を放つべく、掲げた大剣の刃へ魔力と闘気を注ぎ込み始めたのだが……。
「待って下さい!」
「っ……。何だ? あまり茶々を入れるな! 戦闘中だぞ」
「貴女今、アレを使おうとしていますね? それは駄目です。私の壁が耐え切れない」
「ッ……!! 先に言えッ!!」
「ガハハハハッ!! 斬れるモンならだがなァッ……!!」
背後から響いた鋭いアイシュの声に、テミスは手を止めずに言葉を返すが、直後に続けられた忠告に慌てて構えた剣を払い、刀身に集中していた力を霧散させる。
そこへ、下卑た高笑いをあげたエツルドが飛び掛かるようにして剣を振り下ろし、構えこそ崩れていたものの、テミスはすんでの所で応じて大剣を振り上げ、けたたましい音と共に刃が打ち合わされた。
「くぅッ……!!」
「ハハハァッ!! 軽いッ! 弱いッ!!」
「チッ……!!!」
だが、咄嗟に切り上げた斬撃で受け切る事ができるほど、エツルドの剛剣は甘くはなく、鍔ぜり合うまでもなく剣と共に数歩の距離を弾き飛ばされたテミスへ向けて、エツルドは休むことなく追撃を放つ。
しかし、放たれた追撃をテミスは身軽に身を翻して躱すと、舌打ちを零しながらも瞬く間に体勢を立て直し、再び大剣を構える。
「喧しい男だな。加えて粗野で品性が無いときた。救いようが無い」
「でしたら、さっさと片付けて下さいな。こう見えてこの規模の壁を維持するのは、けっこう疲れるんです」
「堪えろ。……だが確かに、余り調子に乗られても鬱陶しいか」
壁の維持に徹しているアイシュの前まで退いたテミスは、更に追撃を仕掛けるべく轟然と剣を振り上げたエツルドを見据えながら、冷ややかに吐き捨てた。
そこへ、背後からアイシュが軽口を投げかけるも、テミスは一言ですげなくあしらってみせる。
しかし、直後にぼそりと呟きを零すと、真正面から降り下ろされたエツルドの剣に対して、真正面から打ち合わず、払うように大剣を薙いだのだった。




