193話 血盟の絆
「そんな……事が……」
テミスが語り終えると、ケンシンは一言呟いて黙り込み、まるで祈るかのように頭を垂れた。
「あなたは……あなたは何故……そこまで強く在れるのですか? 自らの命を落とすほどに望み潰えて尚、どうしてまた立ち上がれるのですか……?」
「……知らんな」
「……えっ?」
頭を垂れたままなげかけられたケンシンの問いに、テミスは冷たく言い放った。
「言ったはずだ。今、お前に語り聞かせたのは愚かな男の話だと。このナリを見てみろ。ロンヴァルディアの衛兵のお眼鏡に適ったほどだ……まがり間違っても男には見えまい?」
「っ――」
テミスが皮肉気に頬を歪めて言葉を続けると、顔をあげたケンシンは言葉を失ったままその顔を見つめ続けていた。
……違う。根本的に違う。
柄にもなく乱れ切った心で、ケンシンは一つだけ確信していた。
私が望んだ物は夢だ。生前も、死後も。それはきっとライゼルもそうなのだろう。夢とは希望であり望み……それを維持し続ける為には、強靭な心が必要だ。
故に、私の夢は形を変え、こうしてテプローを築く事で、ある程度の達成感に満たされている。
だが彼女の……テミスのそれは全くの別物だ。
夢や希望などと言う言葉では収まらない程の何か……。死して尚失わないその輝きは、最早魂に刻み付けられた生き方と言い換えても良いかもしれない。
だからこそ、彼……否。彼女は、今もこうして自らの正義を貫き続けている。
「感服しました……脱帽です」
「は……?」
ケンシンは再びテミスに頭を垂れると、深々と頭を下げたまま言葉を紡いだ。
目から鱗とはまさにこの事だ。確かに……彼女が言うように、今のテミスは警察官の『彼』ではないし、私もまた、愚かな『少女』ではない。
「私達の道が違うその瞬間まで……テミスさん。私は貴女への協力は惜しまないと誓いましょう」
「なに……? いや待て。急に何を言い出すんだ?」
まったくもって、訳が分からない。
目の前に差し出されたケンシンのうなじを眺めながら、テミスは困惑の中に叩き落とされていた。
私はただ、生前の自分の事を語り聞かせただけだ。無論、自らの能力云々の事は伏せてあるが、あの無様な死にざまを聞いて、何故ケンシンはこんな事を言い出したんだ?
「ふふっ……こうしてみると、我等が同じ旗の元に集ったのは、偶然ではないように思えてしまいますね」
その反応を楽しみながら、ケンシンは頭を上げるとテミスに向かって笑いかける。
この反応こそ、まさにその証拠だ。間違いなく、彼女は既に過去の彼とは別人になっている。
「お前……悪いものでも食べたんじゃないだろうな?」
「まさか。オール・データーズ・ライブの中で、私が後れをとる事などあり得ませんよ」
「ならば――」
「――そうですね……」
「っ……!」
ケンシンは、眉をひそめて食い下がるテミスに顔を寄せると、反射的に一歩退いたその体を捕らえて笑顔を深める。
「私には、力が無かった」
そして、言葉と共にテミスの手を握ると、いつもとは異なる、本物の笑みを浮かべて言葉を続けた。
「そして、あなたには理解者が居なかった。求めて止まぬものを持つ我々がこの地に集った以上……引き合わぬ訳が無いでしょう?」
「ハッ……」
しかし、テミスはケンシンの言葉を鼻で嗤い飛ばすと、その手を振り払って背を向ける。
「悪いが、理解者はもう満席なんだ。……そもそも、端から空席など無いのだがな」
下らん勘違いだ。私の持つ正義の意味など、誰一人として理解していない。だがそれも当り前の話だ。悪辣なる者を排除し、その絶望を糧に心を満たす私の自己満足など、誰が理解できよう筈も無い。連中にとって私が都合のいいうちは、その行いが正義に映っているだけに過ぎないのだ。
「なら、立ち見でもしましょうか」
「いい加減にしろ……私は映画でもスポーツでも無いぞ」
「フフ……勿論。映画よりも、スポーツよりも遥かに尊いものです」
「ハァ……好きに言ってろ……。もう知らん。話を戻すぞ」
テミスは脱力して説得を投げ出すと、呆れた表情でケンシンを振り返って語り続ける。少なくとも、信奉すると言っているのだから勝手にさせておけばいいだろう。
「兎も角。あの女神を名乗る女が告げた、我々転生者が授かる能力はランダムであるという前提はこれでほぼ覆った。奴は確かに上位者ではあるのだろうが、神の名を騙り、世界を玩具にしている敵に過ぎん」
「……理論はわかります。ですが、それだけでかの女神が我々の敵であると断ずるのは尚早過ぎるのでは? 把握していないだけかもしれません」
「……ケンシン。女神教と名乗る連中は知っているか?」
「えぇ……名前程度は。残念ながら、まだこの町には来ておりませんが……」
半ば強制的にまじめな話に引き戻されたケンシンは、若干不満そうに鼻を鳴らしながらも、テミスと議論を再開する。事実、死して終わるはずだった我々に再びこうしてチャンスを与えてくれた存在であるのは間違いないのだ。
「奴等の崇め奉る神の名といい、連中が現れるタイミングといい……匂うんだよ」
「あら? 昔取った杵柄というものですか?」
テミスの目が鋭いものへと変わり、そこに剣呑な光が宿る。しかし、その空気を粉々に破壊するかのように、ケンシンは頬に指を当てて可愛らしく小首を傾げて見せる。
「お前……いっぺんその姿を鏡で見てみろ……きっと死にたくなるぞ」
「ハハ。冗談ですよ。こんな事ができるのはテミスさんの前くらいですから」
ケンシンは即座に口調と態度を元に戻すと、その細い目を僅かに開いてテミスを見つめて口を開く。
「確かに、女神の名が出ている以上、我々にとって無視できる存在ではありませんが、まずは足元を固めるべきかと。せっかく、こうして一部とはいえ平和の兆しが見えてきたのですから、まずはそれを確立すべきでしょう」
「…………それもそうか」
「ええ。その件に関しては、私も注意しておきましょう。あまり私が力になれる事は無いかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします」
「ああ……。当てにするとしよう」
少し長い沈黙の後、テミスはケンシンの言葉に頷くと、笑顔を浮かべて差し出された右手を握り、二人は固い握手を交わしたのだった。
2020/11/23 誤字修正しました




