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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第30章

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2056話 成長と義憤

 治安維持隊の小舟が沈むのを目の当たりにし、波止場に集った人々の間に衝撃と動揺が伝播する。

 だが、それは無理もない話だろう。

 ここに集った人々の大半が恐らく、戦いや死といったモノからほど遠い日常を送る者達ばかり。

 テミス達ならば掠り傷だと気にも留めないであろう、擦り傷や切り傷に薬を用いて手当てをし、刀傷でも受ければ一大事な世界を生きている。

 そんな者たちの眼前で突然。ヒト一人の命が木っ端の如く潰えたのだ。

 少なくない衝撃を受けるのは当然の事だろう。


「おい……! おいおいおいっ……!! なぁ……アレ……!! アレッ!! マズいんじゃないかッ……!?」

「あぁ……。船首は無事でも、操舵していた者はまず助からんだろうな」

「ッ……!! アンタ……!! 何でそんなに冷静なんだよッ!? 俺達の目の前で! たった今ッ!! 人が一人死んだかもしれねぇんだぞッ!?」

「それがどうした。悪いが、私は傭兵だからな。たかだが一人が死んだ程度で、平静を失ったりなどしない」

「なぁっ……!? クソッ!! なんて残酷な連中だ!! これだから傭兵ってヤツはッ!!」


 それまで楽し気に騒いでいた男も、周囲の反応に漏れず、血相を変えてテミスに語り掛ける。

 だが、そんな男にテミスが返したのは、取り付く島もない冷ややかな言葉で。

 無論テミスとて、仲間が戦死した時に同じ言葉など吐けようはずもない。

 しかし、今テミスの眼前で散ったのは『敵』であるネルードの兵士の命で。

 それ加えて、テミスがいま偽っている傭兵という身分は、死が身近である鉄火場を生業とする者達。

 人が一人死んだ程度で狼狽えていては、次は自分が死体と化す運命にあるだろう。

 なればこそ、敵兵一人の命如きで狼狽を見せる訳にもいかず、男の心境も理解できるとはいえ、必然的にテミスは冷たい言葉を返すしか無かった訳なのだが。

 そんな事情など露ほども知らない男には、テミスが血も通わず、涙も流さない冷血漢に見えたらしく、抱いた狼狽を叩き付けるかの如く、荒々しい口調で吐き捨てた。


「フッ……やれやれだ」

「あんな言い方をしたらそりゃそうなるよ。あの人たちにとって、命は重くて、貴いものなんだから」

「……その言い方だと、お前は違うように聞こえるがな? 『勇者』サマ?」

「はは……意地悪だなぁ……もう……。うん。でも、今はそうだよ。大切な何かを守る為に、剣を振るのがボク達の役目だ。ボクにとっても命は重くて……軽いんだ……」


 男とのやり取りを聞いていたのか、ユウキがスルリとテミスの傍らに寄り添って口を開く。

 けれど、テミスは紅の瞳だけを動かしてユウキに視線を向けると、唇の端を歪めて嗤い皮肉を返した。

 その変わる事の無い憎まれ口に、ユウキは穏やかな苦笑いを浮かべながらも、揺るがぬ決意を感じさせる声色で、静かに応えてみせる。


「…………」

「わわっ……!? な……なにっ!?」

「あの上辺だけの勇者モドキが、随分と成長したものだと感心したんだよ」


 ユウキの告げたその言葉に、テミスは無言のまま静かに腕を持ち上げると、くしゃりとその頭を柔らかく撫でた。

 だが、想像すらしていなかったその行動に狼狽えたユウキは、腕を振り払いこそしなかったものの、ビクリと身を竦ませてテミスへ視線を向ける。


「っ……! う……うん……。まぁね……! ボクだって、色々考えているんだから!」

「クス……言うようになったな。確かに、奴等は何も考えてなどいないのだろう」

「えぇっ!? いや! ボクはそういう意味で言ったんじゃないよッ!?」


 テミスの偽らざる言葉に、ユウキは一瞬だけぽかんと驚きの表情を浮かべた後、花が咲いたかのように満面の笑みを浮かべ、テミスに頭を撫でられたまま、得意気に胸を張ってみせる。

 しかし、テミスが皮肉気な表情を変えることはなく、チラリと近くの野次馬と議論を交わす先ほどの男を視線で示す。

 そこでは、つい先ほどまで最新鋭の小舟を誇りだと宣っていた男が、舌の根も乾かぬうちに危険過ぎるなどと喚き立てていた。


「わかっているさ。クク……だが、連中には是非とも頑張ってもらいたいものだ。『我々』の貴い命を守る為に、せいぜい義憤を振りかざすといい」

「……一応言っておくけれど、今のキミ、すっごい悪い顔しているらね?」

「気のせいだ。どちらにしても我々にとっては朗報だ。どうやら、兵器の性能は飛び抜けて良くとも、兵の練度が追い付いていないらしい」


 蝋燭が蕩けたような歪んだ笑みを浮かべて男を眺めるテミスに、ユウキは呆れたような苦笑いを浮かべて言葉を添える。

 そんなユウキの指摘を、テミスはさらりと受け流すと、町へ足を向けるべくクルリと群衆に背を向けたのだった。

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