2055話 心無き兵器
毅然と整列した数多の小舟が、縦横無尽に港を駆け巡る。
それらの小舟は、テミス達が用いたおんぼろな小舟とは似ても似つかぬ逸品で。
深紅に塗装された船たちの面持ちは、見る者を魅了する美しさすら兼ね備えていた。
「……凄まじい性能です。加速に減速、面舵に取り舵どこを取っても、私の知る普通の船とは比べ物になりません」
「フム……そうか……」
港の中を駆け巡る多くの小船を見据えながら、ノルが震える声で言葉を漏らす。
あくまでも、ノルが普通の船と区切ったのはおそらく、膨大かつ強大な魔力を有するテミス達や、卓越した操船技術や改造技術を持つロロニア達を特別視したが故で。
つまり、そういった類の例外を用いなくては、ロンヴァルディアは技術力の差によって、とっくの昔に敗北を喫していたのだろう。
だが、ノルの短い言葉に込められた意味を推察して尚、テミスはただぶっきらぼうに言葉を返しただけで。
その紅の瞳は、揺らぐ事無く疾駆する小舟を見据えていた。
「どうでぇ! 驚いたかい!? ありゃあ、ネルードが誇る最新鋭の軍事艇よ! ついこの間完成したばっかりだってんで、こうして実際に動いている所を見るのは俺も初めてなんだ!」
「そうなのか。いやはや、確かに目を見張るほどの速度だ」
「だろう? 惜しいよなぁ……! あとほんの少し完成すんのが早けりゃ、前の戦いだって簡単に勝てただろうによぉ!!」
「クク……そうかもしれないな」
熱を込めて語る男に、テミスは適当な返事を返してやると、僅かに唇の端を皮肉気に釣り上げてみせる。
確かに、あれほどの速さと旋回能力を持つ艦艇が実戦投入されていれば、かなり厄介な存在であったに違いない。
速度はおおよそテミスが全力で魔力を注ぎ込んだ船の半分ほど。
既存の船に備え付けられている大砲では、余程運が良くなければ捉えられないし、数のある小舟であるが故に、一隻ずつ魔法で沈めていてはきりが無い。
「チッ……いわば、水上の航空部隊という訳か」
テミスは船を見る目を鋭いものへと変えると、舌打ちと共に低い声で唸るようにひとりごちる。
船上での彼等の役割は、ロンヴァルディア側におけるサキュドたち航空部隊のそれと同じ。
そこに水上と空という隔絶した差こそあれど、既存の艦艇には厄介極まる小蠅である事に変わりはない。
これに対抗するならば、こちらもサキュド達を以て応ずる他は無いだろう。
尤も、水上を駆け回る奴等など、空自在に飛び回るサキュド達の敵ではない。
だが、サキュドたちという大きな戦力を奴等の駆除に回している時点で、戦術的に負荷が大きいのはロンヴァルディア側だ。
これまでサキュド達が雷撃戦にて務めていた露払いの役割を、丸々他の部隊が担わなくてはならなくなる。
しかし、今のロンヴァルディアにそれを担うに足る部隊はおらず、露呈した弱点を突かれれば戦線が崩壊しかねない。
「早速……土産話が増えたな」
ネルードの新兵器。
この情報は確実にフリーディア達に伝えなければならない。
そう固く胸の内で誓いながらも、テミスは幸先のいい情報収集の始まりに、クスリと小さく笑みを零した。
目当ての情報ではなかったものの、やはり危険を冒して敵地くんだりまで潜り込んできているのだ。
眼前の僅かな危険に怯えて隠れ引き籠っていては意味が無い。
テミスがそう確信した時だった。
「あぁっ!! あぶないッ……!!」
「ひぃっ……!」
「ぁッ……!!」
誰よりも僅かに早く、ユウキが悲鳴をあげた直後。
水上を駆ける一隻の小船が、そのあまりの速度に繰り損ねたのか、港に停泊していた中型船の横っ腹に激突した。
ドガンッ!! と響く強烈な爆音。
衝撃を伴うその轟音に場は騒然とざわつき、音の元へと視線が集う。
だが……。
「ッ……!!! なんて事だ……カミカゼ仕様か……!!」
船体に大きな穴を開け、ギシギシと軋みをあげて傾ぐ中型船を見据えたテミスは、ギシリと固く歯を食いしばった。
小舟といえど、途方もない速度で駆けまわるソレはまごう事無き凶器といえる。
しかし、中型船に空いた穴が示した事実はそれに留まらず、小舟がその速度を生かした破壊力を以て突貫する機能を用いている事を物語っていた。
当然。それほどの破壊力を生み出す速度で衝突すれば、小舟の側も無事で済む筈も無いのだが……。
「忌々しい……。もはや船と呼べるような代物では無いな……」
舌打ちと共に、テミスは唯一無事であったギラリと尖った船首を、まるで高々と掲げるかのように沈んでいく小舟を睨み付けながら、吐き捨てるように呟いたのだった。




