2054話 白昼堂々
サンたち公国革命団の隠れ家から抜け出したテミスたちは、悠々とした足取りで都市部へと足を向けていた。
普段はほとんど人気が無いはずの波止場は、今や大層な賑わいを見せており。
そこに肩を並べているのは、魔獣の捜索・討伐にやってきた治安維持隊の面々だけではなく、騒ぎを聞きつけて見物にやってきた野次馬も、好機の目を揃って湖へと向けている。
「フッ……随分と盛況だな」
「っ……!! そんなにじろじろと見渡さないで下さい!! 見付かったらどうするんですかッ!?」
「ふっ……ふへっ……ひひっ……!!」
「あははぁ……」
悠然と辺りの様子を見渡すテミスの傍らで、ノルはひそひそと抑えた声で苦言を呈すると、自身もコソコソと顔を伏せる。
その隣では、緊張のあまりに引き攣った笑顔を浮かべたリコが、ぎこちの無い足取りで歩を進めており、数歩離れた位置を歩くユウキは、そのあまりの惨状に苦笑いを浮かべていた。
「おい。何をやっている。事前に説明しただろう。『ゆっくり急げ』を忘れるな! 我々はたった今この町に着いたばかりの行商人一行だ。堂々として居なければ逆に怪しまれるぞ!!」
「ははは……はぃぃぃっ……! 普通……普通に、普通にッ……!!」
「それは理解していますが、限度というものがあります!! 私達は兎も角、あなた達は顔を見られているんですよッ!!」
「う~ん……やっぱりボク、この作戦は無理があると思うけどなぁ……」
「チィッ……! だが、他に手は無い……! ならば、やるしかあるまい……!」
テミスは極度の緊張で木偶と化したリコと、疑心を呑み込み切れていないノルに檄を飛ばすが、二人の動きが改善する事は無く、見かねたユウキが助け舟を出す。
しかし、テミスは苛立ちを呑み込むかのように低い声を絞り出して言葉を返すと、鋭い視線を眼前の群衆へと向ける。
一般市民に紛れて堂々と、駆け忍事無くこの区域を抜け出す。
それこそが、テミスの閃いた策だった。
だが、テミスの容姿では一人歩きをするにはこの町では目立ち過ぎるし、ヴェネルティ側で名の売れているユウキもそれは同様だ。
故に。この作戦にはノルとリコが必須。
行商人の護衛という設定を用いれば、それが肩書となって直接テミス達の顔を知る者でなければ、錚々正体が露見する事は無い筈だった。
けれど、肝心のノルとリコがこのザマでは逆効果も良い所で。
現状のままでは挙動不審過ぎて怪しさしか醸し出していない、奇天烈な一行でしかなかった。
「やれやれ……確かに、これほど人が出ているのは計算外ではあるが……逆に好機でもあるな」
「あっ……!? ちょっとっ!?」
「ッ……!!?」
「ひぃっ……!?」
言うが早いか、テミスはあろう事か進む方向をクルリと変えて、眼前でたむろしている群衆の方へと足を向けた。
その自殺行為とも言うべき行動には、さしものユウキですら驚きの声をあげるほどで。
一瞬遅れてテミスの行動に気付いたノルとリコは、ビクリと身を竦ませて小さな悲鳴をあげる。
「お前達は後ろで相槌を打っているだけでいい。上手く話しを合わせろよ」
それでも尚。
テミスが足を止める事は無く、戸惑うユウキ達にひと声残してから迷いの無い足取りで群衆の元へと辿り着くと、野次馬の中に居た一人の男の肩を叩いて声を掛けた。
「なぁ。すまない。これは何かの催しか? 随分と盛り上がっているみたいだが……」
「あぁん? 催しだ? なんだアンタら、知らねぇのか!? 魔獣狩りだよ魔獣狩り! 噂じゃ、治安維持隊だけじゃねぇ……本軍まで出張ってくるらしいぜ? だから、珍しいものが見れるってんでみんな、こぞって見物に来てるんだ!!」
「ほぉ……? 本軍……とな?」
「本軍ったらそりゃぁ、近衛兵の方々直属の部隊だよ! って……アンタ何者だ? ここいらじゃ、知らねぇ方がおかしい常識だぜ?」
質問を重ねるテミスに、男は遂に怪訝な表情を浮かべて振り返ると、警戒を露にジロジロとテミスを眺めはじめる。
だが、猜疑の視線を受けて尚、テミスはクスリと余裕のある微笑みを浮かべてみせると、敢えて一拍の間を置いてから静かに口を開いた。
「あぁ、すまない。この町には、実はつい先ほど到着したばかりでな。行商人と……私はその護衛をしているんだ。中心街を目指して歩いていたらこの賑わいが目に留まってね、市ならば見て回れないか……あわよくば店を広げられないかと思って尋ねたのさ」
しかし、口からつらつらと並べたてられたのは、事前に用意していた偽りの身分である行商人という設定に沿った大嘘で。
だがテミスはそれがまるで真実であるかの如く、いけしゃあしゃあと淀みなく言い切ったうえで、遠巻きに眺めるリコたちを顎でしゃくると、更に言葉を重ねてみせた。
「あちらに居るのがそうなんだが、ここに来るまでにガラの悪い輩に襲われてね。すっかり怯えてしまって参ったよ。だが、理由を聞いて納得した。これだけ大規模な捕り物をしていては、警備に穴が開くのも道理というもの」
「っ……あ~……。そういう訳じゃあねえんだが……。まぁ良いか。ホレ、折角だしお前サンがたも見て行きな。ネルードの近衛兵の戦いぶりは一騎当千! 度の部隊が出てきたとしても、絶対に見ごたえがあるぜ?」
そんな、敢えて的外れな納得をして見せたテミスの弁に、男はすっかりと疑心を解き解したらしく、少し気まずそうな苦笑いを浮かべた後、遠巻きに様子を眺めるリコたちへ笑顔で手招きをしながら、調子の良い声で告げたのだった。




