2051話 正面突破
テルルの村から少し離れた場所に位置する湖上。
テミスたちを乗せた小舟は、往路とは比べ物にならないほどのスピードで、ネルードへ向けて疾駆していた。
ロロニアは自身が言い切った通り、僅か五分足らずで小舟の動力の改造を終え、すぐにテミス達を送り出してみせたのだ。
「クク……やはり奴は侮れんな。流石の技術力だ」
「わっ……わっ……わぁっ……!!」
「何をそんなに怯えている? ロロニアの奴が言っていただろう。この船はおんぼろな見た目ほど脆くは無いと」
「で……ですが……!! 幾らなんでも速過ぎますッ!!」
白波を切って進む小舟は湖上を跳ね滑るように走っており、もはや水上を滑走していた。
正面から吹き寄せる風はもはや豪風の域に達しており、ノルは目を細めて手で庇う事で、漸く正面を見る事が叶うほどだった。
「ははっ……!! 怖いのならば無理して正面を見なくてもいい! 流れていく景色でも眺めていろ!」
「横見ててもっ! 速いものは……速ッ~~~ひぃっ……!!」
「クハハッ!! ロロニアの奴が荷下ろしを引き受けてくれて助かったッ! この速度ならば、ギリギリではあるが間に合うやもしれん!! 飛ばしていくぞッ!」
「わぁぁぁっ……!! 本当ッ……!! 気を付けてくださいよッ!! 暗礁とか……浅瀬とかぁっ……!! 船は急に曲がれないですし、止まれないんですからねッ!!」
上機嫌な笑い声をあげながら船を駆るテミスに、ノルは船の知識を有するが故の深い恐怖を覚えて叫びをあげる。
ノルの叫んだ二つの要因は確かに、普通の船であれば特に注意を払わなければならない危険であり、万が一これ程の速度が出ている小舟で接触すれば、一瞬で大破した上に乗っているテミス達はすさまじい速度で投げ出されてしまうだろう。
だが、今やそのあまりの速度のせいで水上滑走艇と化したこの小舟は、普通の船であれば船底を貫かれてしまうほどの浅瀬であっても、易々と飛び越える事ができる。
だからこそ、テミスは加減する事無く魔力を動力源へと注ぎ込み、ロロニアの手によって制限装置を取り外された動力源は、小舟をさらに加速させた。
「良い気分だ!! 行きのようにわざわざ遠回りしなくて良いのも有難い!!」
「っ~~~!!! 早く皆の所へ戻る事ができるのは良いですが……こんな……こんなッ……!!」
愉快な笑い声をあげるテミスと、恐怖の悲鳴をあげるノルを乗せた船が疾駆すること数分。
前方にネルードの港が見えはじめ、テミス達との距離がぐんぐんと加速度的に縮まっていく。
しかしそれでも、船を駆るテミスが速度を緩める事は無く、寧ろさらに動力へ魔力を注ぎ込んで加速する。
「ちょっ~~~!!! 待ってっ!! 止まって! 速度を落してくださいッ!!!」
「必要無い。これだけ日が昇ってしまった今、寧ろ速度を落とせば監視の兵に捕まる事は避けられん」
「だからってッ!! 水門にぶつかったら私たち、木っ端みじんですよ!!!」
「だろうな! だからこそ、一番安全な水路を……真正面から突破するッ!!!」
「ひぃぃぃぃぃッッ!! 降りる! 私降りますッ!! 泳いで行きますから降ろしてくださいッ!!」
「もう遅い……!! 舌を噛むなよッ!!!」
あまりの恐怖に泣き叫ぶノルに、テミスは無慈悲に応えると、船の舳先を出発した時の水路とは異なる、中型船向けの水路へと向けた。
こちらの水路ならば、大きく迂回してるせいで曲がっていた小型船用の水路とは異なり、ネルードの港の中まで一直線に通じている。
もしもこの船を駆っているのがロロニアならば、小型船用の細く弧を描いた水路にこの速度で突っ込んでも、無事に通過する事ができたかもしれない。
しかし、船を繰る事に関しては素人同然のテミスには、そのような高度な操船技術は持ち合わせておらず、できる事といえば進む、曲がる、止まる程度の大雑把な操縦くらいのものだ。
ならば、侵入が露見したとしても速度で振り切ってしまった方が話が早いと、テミスは判断した。
「行くぞッ!! 一気に突っ込むッ!!!」
「っ~~~~!!!!」
ぐんぐんと迫ってくる水路を見据えて、テミスが猛々しく叫びをあげると、堪りかねたかの如く、声にならない悲鳴をあげたノルがテミスの身体に縋り付く。
しかし、その程度の衝撃で手元を狂わせるテミスではなく、船にあるまじき速度へと達した小舟は、テミス達を乗せたまま一気に水路を走破したのだった。




