2050話 餅は餅屋
テミスがサンから入手した情報を語り終えると、その頃には外は日が完全に昇りきり、温かな陽光で静やかなテルルの村を照らしていた。
「ッ……。すまねぇ。少しばかり引き留めすぎちまったらしい」
「構わんさ。もしもの時のための策は用意してある。もしもそれがしくじったら……道化を演ずるしかあるまい」
「二人が上手くやってくれていると良いのですが……」
「頼むぜ……? 今の話を聞いちまった以上、俺達ももう退く訳にはいかねぇ……!!」
「努力はする。当面の問題は、無事に帰り着けるかどうか……だがな」
テルルの村の仮拠点を出て、船着き場へと向かう道すがら、テミスたちは肩を並べるロロニアと、軽い調子で言葉を交わす。
しかし、テミスとロロニアの表情に憂いは無く、むしろ逆に晴れ晴れとした表情を浮かべていて。
ただ一人、不安気な表情を浮かべたノルは、前を歩む二人の三歩後ろを歩んでいく。
「その事だが……お前達が乗ってきた船の状態……そんなに悪いのか?」
「あぁ。酷いものだぞ? ノルに丸太にでも跨ってろと宣らせる程度にはな」
「なぁっ……! あれは……テッ……ッ~~~!! リヴィア殿が! 気やすく船を壊してしまうからでしょうッ!!」
「気やすくなど壊してはいないさ。本当に、軽く触れただけで崩れたんだよ」
「わかっていますッ!! わかっていますとも!! だからこそ……! 無事に帰り着くことができるか不安なんじゃないですかッ!!」
「ハハ……。わかったわかった。どれ……繋いであるのは確か、あっちだったよな? 俺にちぃっと見せてみな」
ニヤリと微笑んだテミスはチラリと横目でノルを示しながら、揶揄うような口調で船上でのノルの叫びをロロニアに伝えた。
すると、頬を一気に紅潮させたノルは息を呑んだ後、両手を固く握り締めてテミスへ抗議する。
しかし、テミスとて壊したくて壊した訳ではないと理解しているからこそ、ノルはただただ心中の不満をぶちまける事しかできず、視線を伏せて僅かに声を震わせた。
そんな二人を横目に、ロロニアは一足先に船着き場へと足を踏み入れると、自らが乗ってきた船が繋いである方向ではなく、テミス達が乗ってきた小舟が係留してある方へと足を向ける。
そして……。
「うぉっ……こりゃまたすげぇのに乗ってきたな……」
「でしょうっ!? わかっていただけますかッ!? あっ……! 船の端には触らないで下さいね!? 腐っていて崩れちゃいますから!!」
「ふぅむ……こんな状態でよくぞ浮いて……んん……?」
ロロニアはテミス達が乗ってきたボロボロの小舟と対面するや否や、表情を引き攣らせて呻くように言葉を零す。
その言葉に、救世主でも見付けたかの如く、目に涙を浮かべたノルがロロニアの傍らへと駆け寄って歓声をあげるが、それもすぐに船へ向かって手を伸ばしたロロニアへの忠告へと変わった。
だが、瞳に真剣な色を浮かべたロロニアは傍らのノルへと言葉を返す事は無く、ブツブツと口の中で呟きながら、身軽な動きで小舟へと乗り移っていく。
「あぁ……なるほど……。丸太とは良く例えたものだな……。船底や基礎骨子にはキチンと補強が入ってやがる……。動力は……流石に旧いな……状態も良くねぇ。これじゃあ大した速度は出ねぇはずだぜ」
「えっ……と……?」
「安心しな。よっぽどのことがねぇ限り、コイツが沈むことはねえよ。ボロボロに朽ちている外装もどっちかってぇと偽装のために敢えて整備してねぇんだろ」
「ホゥ……? 少し見ただけで良く理解できるな」
「まぁな。これでも、湖族のアタマ張ってんだ。船に関しちゃ誰にも負ける気はねぇぜ……っと」
ロロニアは呟きを続けたまま一通り小舟の中を見聞すると、自身に満ちた笑みを浮かべて、再び船着き場へと跳び乗った。
その衝撃で、小舟は軋みをあげながらユラユラと不気味に揺れるが、すぐに安定を取り戻して再び静かに湖面で停止する。
「だが、すぐに改良できる所が見付かった。ちっとだけ時間をくれ。この世代の動力は造りがまだ単純だからな、軽く改造てやらぁ!」
「ま、待って下さい! お気持ちは嬉しいのですが、本当に時間がッ……!! 沈まないのであれば、このまますぐに出ないと……!!」
「心配すんな! 五分もかからねぇ! 魔力伝導率を上げるのと、忌々しい制限装置を取っ払ってやるだけだ! 作業時間なんざ余裕で釣りがくる程度には早くなるぜ!」
「あっ……!! ちょっと……!?」
言うが早いか、ロロニアはノルの制止を振り切って自らの船へ向かって駆けていくと、すぐに船内へと飛び込んで姿を消した。
その背を見送った後、ノルは困り果てたような目で傍らのテミスへと視線を向けたのだが……。
「フム……面白い。どうせこのまま戻った所で間に合わんのだ。ならばいっそ、試してみた方が良いだろう」
そんなノルの視線を受けたテミスは、不敵な笑みを浮かべてコクリと小さく頷くと、ロロニアが乗り込んでいった船を眺めながら言い切ったのだった。




