2048話 騒動報告
「……なるほど。たった数日だってのに、なかなか面倒な事になってやがるな」
テルルの村の拠点に腰を落ち着けたテミスは、眼前にどかりと座ったロロニアに自分達とネルードの現状を語り聞かせた。
その傍らでは、炊事場に立ったノルが、甲斐甲斐しく茶の準備に勤しんでいる。
「そういう訳だ。今後も定期連絡はこのテルルの村の拠点を使う算段だが、時間を合わせて抜け出してくるのは難しいだろう」
「だろうな。そこまで深入りしちまったんなら、もう潜っちまったままの方が良い」
「同意見だ。だが……問題はフリーディアの奴が何と言うかだが……」
「んん~……そいつに関しちゃ問題ねぇと思うぜ。こっちはこっちで、本国からの追加の物資が届いたり、補充人員が到着したとかで大忙しだからな」
「なんだと……?」
眉根を寄せて声を低めたテミスに、ロロニアはニヤリと不敵な笑みを浮かべてみせると、肩を竦めて答えを返した。
だが、そのような話はテミスの与り知らない話で。
表向きは客将の立場ではあるものの、フリーディアもユナリアスも、テミスには余すことなく情報を伝達する手はずになっている。
そして今更、二人がテミスとの協力体制を崩す利点は無く、それは同時に件の補給が予定外のものであるという事だ。
「計画では早くても十日はかかる筈だが?」
「俺だって詳しい事ぁ知らねぇさ。連中が突然やってきたのは昨日の昼過ぎ頃だ。大変だったんだぜ? アンタの所の連中なんざ、団長サマが命じる前に緊急出撃しかけてたしな」
「フッ……どうやら鈍ってはいないらしい」
「……間違ってもソレ、団長サマの前で言うんじゃねぇぞ? 奴さん達が包囲しちまったせいで、あちらサンも臨戦態勢になっちまってな。相当苦労してたぜ?」
「フリーディアの奴の事だ。どうせ、中途半端な所で止めたんだろう。でなくては、黒銀騎団の精鋭が応ずる暇など与えるものか」
眉根を潜めて語るロロニアの言に、テミスはクスリと得意気な微笑みを浮かべると、小さく鼻を鳴らして言葉を続けた。
船の砲撃の射程を越える魔法を持つコルカ達と、空を自在に飛び回るサキュド達。ロンヴァルディアよりも、数世代進んだ技術が使われたヴェネルティ艦船すら翻弄して見せた彼女たちが、今更ロンヴァルディアの船に後れを取る訳が無い。
余計な横やりさえ入らなければ、怪我人すら出さずに相手を制圧し、話を進める事もできたはずだ。
「お陰で俺まで巻き添えを食ったんだよ。戻ってくるなりアンタん所の嬢ちゃんと、団長様が大喧嘩をおっぱじめやがってな……」
「ハハッ……!! 失敗したな。フリーディアの勧め通りに、あと数日出立を伸ばすべきだった。まさか、そんな面白そうなものを見逃すとは……」
「ふざけんな。笑い事じゃねぇよ。殴り合いじゃねぇんだぞ? 槍と剣を振り回しての切った張っただ。死人こそ一人も出ちゃいねぇが、何人怪我したと思ってやがる」
「自分の力量も弁えずに巻き込まれる奴が悪い」
「あぁそうだよ。ただの喧嘩ならな! だが船の乗組員ってのはな、全員が陸での戦いに慣れてるわけじゃねぇ! 飛んでくる斬撃やら、見えもしねぇ速さで切り結ぶ連中からどう逃げろってんだよ!!」
「ほぉ……? そこまで派手にやり合ったのか……!! ハハハッ……! これは面白い。むしろ、そこまで行ってあの二人が良く止まったな?」
怒りの声をあげるロロニアに、テミスはケラケラと喜劇でも聞いているかのように笑い声をあげる。
元よりサキュドとフリーディアの折は悪い。だが、それでもこれまでは、互いに正面からぶつかり合う事無く、それなりに上手くやってきた筈だ。
おおかた、フリーディアが剣を抜いたのは十中八九が、襲い掛かってきたサキュドに応戦する為なのだろうが、サキュドもサキュドで彼女なりではあるものの相当弁えてはいた。
だからこそ、二人の事を良く知るテミスとしては、ただこれだけの伝聞であっても、おおよそ二人の間に何があったのかが想像がつく。
「無理矢理止めたんだよ。島中総動員でな。総動員と言っても、湖族からは腕の立つ奴が数人出ただけで、ほとんどが白翼の連中やアンタの所の奴等だったけどな」
「フッ……。それで死人無しか。余程運が良かったな」
そう報告を締めくくったロロニアに、テミスは口元を歪めて不穏な言葉を返す。
だがそれは紛れもない事実で。
頭に血が上ったサキュドが、大人数に敵意を向けられて無抵抗で止められるはずも無い。
寧ろ敵と見做したが最後、奴は一片の容赦もなく、殺す気であの紅槍を振るった筈だ。
「あぁ。運がよかったぜ。アンタも俺も。そんな事があったせいで、今はちっとばっかしあの島は居心地が悪いからな」
「フッ……見物できなかったのが本当に残念だよ……」
故に。テミスは半ば本気で感心しながらそう告げたのだが、ロロニアは軽快に笑ってコクリと頷き言葉を返す。
そんなロロニアに、テミスは昏い笑みを浮かべ、大仰な仕草で肩を竦めてみせたのだった。




