192話 力の根源
「私達の能力の根源ですか……。なるほど、盲点でした」
テミスが粗方の情報を伝えると、ケンシンは小さく頷きながら納得したかのように口を開いた。
「仮に、ライゼルの能力を運命を操る力と定義するのであれば、彼の言動や意味のある死に固執している点にも説明がつく……」
ブツブツと呟きながら、ケンシンは虚空から紙とペンのようなものを取り出すと、それを空中に設置して何やら図や表を描き始める。
「無意味な死を嫌い、かつ一度絶望に満ちた死を体験したかのような物言い……憶測にすぎませんが、彼は恐らく……今際の際で運命を呪ったのではないでしょうか?」
「運命を呪った……?」
「そうです。生前の彼に何があったかはわかりませんが、自らの運命を呪いながら死に至った……故に、この世界で第二の生を得た時、運命そのものを操る力を手に入れたのです」
「辻褄は合うが……」
ケンシンの論にテミスは自らに照らし合わせながら言葉を零す。
確かに私……俺はあの時、腐敗した正義が蔓延る世界に見切りをつけて首を括った。
ならば……私に芽生えたこの能力は何だ? 先程の理論を広義で解釈するのならば、私に芽生える能力もライゼルのものと同じのはずだ。
「しかし、実例がライゼルだけでは少な過ぎますね……。どうでしょう? 死の際を語るなんて――」
「――お断りだ」
「……っ!」
笑顔で出されたケンシンの提案を、テミスは提示すら許さずに切って捨てる。
冗談ではない。以前より強固な協力関係を築いたとはいえ、胸の内を明かせる程にわかり合った訳では無いし、そのつもりも無い。
「……そうですか。残念です。ではこれは……とある少女の話です」
「何を――」
「――その少女はいつも、周りの幸せを願っていました」
テミスが拒絶を示すと、ケンシンは少しだけ寂しそうに目尻を下げて、静かな声で一人の少女の物語を語り始めた。
曰く。笑顔が好きな少女が居た。
曰く。その少女は、他人を笑顔にするため、人の喜ぶことを率先して行った。幼い頃は両親や家族を喜ばせ、やがて学校に入ると他の子どもが厭う事を引き受け、勉強も熱心だったらしい。
しかし、学校と言う社会の中では、得てしてそういう人間はお人好しに分類される。その『彼女』も例外では無かったらしく、親や教師を喜ばせるための勤勉さも手伝ってか、いつしか嫌がらせに等しい扱いを受けるようになっていった。
「普通であれば、ここで気が付くはずなのですけれど……」
長い語りで乾いた喉を潤す為か、ケンシンはいつの間にか取り出したお茶に口をつけて語りを続ける。
それでも尚、『笑顔』を愛して止まなかった少女は無私にも思える奉仕を続け、周囲の者達を喜ばせ続けたと言う。
更にその少女は勤勉さを如何なく発揮し、良い高校……良い大学へと進んでいった。そしてある日、少女は自らの間違いに気が付く事になる。
いつものように頼まれ事を引き受けた少女が出向いた先で待っていたのは、地獄だったのだ。
信じていた友に裏切られ、全てを奪われた少女は、薄れゆく意識の中で自らの愚かさを嘆いたのだと言う。
何故、私は他人の思いに目を向けなかったのだろう……と。
「結局のところ、私が見ていたのは他者の笑顔と、自分の中の欲望でした。誰かに必要とされたい……その証として笑顔を追い求めて居たからこそ、その歪んだ人生はあのような結末を辿ったのです」
「っ…………」
ぎしりっ……。と。テミスは知らずのうちに、その歯を全力で噛み締めていた。
胸糞の悪い話にも程がある。その『彼女』の物語に、ちらりとでも自分が触れる事ができていれば……。そんな、あり得ない妄想がテミスの頭の中を駆け巡った。
「つまるところ、私の本質は変わってはいないのでしょう。ただそこに、それを叶える力が身についただけ。私が周囲の人間を喜ばせたいと願ったからこそ、オール・データーズ・ライフは、私の目の届く範囲……せいぜい、この町程度が限界なのでしょう」
ケンシンはそう言葉を締めくくると、再び虚空からお茶を取り出して口をつける。そして、ほぅ……。という満足感を孕んだ息を吐くと、どこかスッキリとした笑顔をテミスに向けた。
「結局喋ってしまいましたが……。私は、こうしてこのような話をできる相手に巡り合えたのは幸運ですね。今何故か、この世界に来て初めて感じる程に清々しい気分です」
「……そうかい。それは良かったな」
そんなケンシンにテミスはぶっきらぼうに一言だけ告げると、驚愕に揺れる心を必死で押し殺していた。
――コイツ……元は女だったのか!?
いや……私こそ人の事を言えた身ではないが……。流石に予想外過ぎるにも程があるッ!! だが、そんな事は今はどうでもいいッ!!
「…………はぁ~~~……」
テミスは一つ、特大のため息を吐くと、所在なさげにガシガシと自らの後頭部を掻きむしった。
気まずいにも程がある。
今、ケンシンが感じている感覚はおそらく、私が以前にアリーシャに過去を語り聞かせた時のものと同じものだろう。
私とケンシン……この場に居る転生者が、何かを背負っているのだとすれば。彼は今、決して語り得ぬ重荷を少しばかり降ろしたのだろう。
それに、聞いてみればケンシンが最期を迎えたのは私よりも遥かに年下ではないか。だと言うのに、私だけ過去を明かさせて自らは伏せたまま……等という状態は面子が立たない。
「……仕方がない……か……」
テミスは椅子の上でしばらくの間熟考した後、頭を抱えた格好でポツリと口を開いたのだった。
「……これは誰でもない……とある愚かな男の話だ」
2020/11/23 誤字修正しました




