2042話 偽りに潜む
サンに案内されて招き入れられた建物は、かなり大型の乾ドックだった。
船舶を搬入できる場所は四か所あり、既に古びた船が四隻、水からあげられた状態で鎮座している。
「どうよ! すっげぇだろ!」
「あぁ……。驚いた……」
「すっごぉい! 広ぉ~い!」
「あっ! 待って下さいよ!」
「ッ! 二人共ッ……!」
この建物の外観は酷く煤けており、おおよそ今も機能しているようには見えなかった。
だがその姿こそ、敵であるネルード政府の目を欺くための偽りのもので。
古さこそ感じさせるとはいえ、よもや中にこれほどまで大きな船を四隻も抱えているとは、サンの率いる公国革命団とやらも、なかなかどうして侮れない存在らしい。
広々としたドックを前に、ユウキが堪りかねたかのように明るい声をあげて駆け出すと、その背を追ってリコも駆けていく。
その二人に向けて鋭い声で呼びかけた後、ノルはテミスへチラリと視線を向けてから、二人の背を追って駆け出して行く。
そんな仲間達の背へチラリと視線を向けながら、そうテミスは胸の内で評価を改めかけたのだが……。
「すまんな。騒がしい奴等で」
「いいや。構わねぇよ。実は……立派なのはこのドックだけで、ここにある船自体はもう浮かばねぇんだけどな」
「…………は?」
「このドックはさ、割と波止場の外れにあるから不便なんだ。町の中心までは地味ぃに遠いし、たまに外縁部のごろつき共がフラフラと入り込んできやがる」
「…………」
「んでも、悪いことばっかりじゃねぇんだぜ? そっちに幾つか置いてある小舟は使えるからさ。わざわざ危ない連中のうろついてる外縁部を通らなくても、町の外まで簡単に行けるんだ。最初はアンタ等にも、こいつで出て行って貰うつもりだったんだよ」
後から後から湧き出てくるボロに、テミスは胸中で改めかけた評価を再び覆す。
多少治安が悪いのは仕方が無いとしても、町の中心部まで距離があるのはマイナスポイントだ。
これからどう動くにしても、活動場所はネルードの中心部方面だろう。
故に、町までの移動距離が長いと、その分リスクも高くなる。
人気の少ない波止場を歩き回って怪しまれるくらいならば、町中に宿でも取った方が幾ばくか合理的だ。
「……なんで顔を顰めているんだ?」
「別に……。ただ、使えもしない船が括りつけられた建物を見せられて、どう反応すべきか迷っていただけさ」
「ゴミって……。まぁ、ボロくて見てくれは確かに良くねぇけどさ。舐めて貰っちゃ困るんだぜ?」
呆れて閉口するテミスに、サンが首を傾げて問いかけると、歯に衣着せない抜き身の刃のような答えが斬り返される。
しかし、サンは僅かに苦笑いを浮かべただけで。すぐに明るさを取り戻すと、得意気な笑みを浮かべてテミスに人差し指を突き付けてみせた。
「舐めてなどいない。率直な感想だ」
「へへっ……! それを舐めてるって言うんだよ! 確かにコイツ等は見てくれはボロッちぃし、水に浮かべたらたちまち沈んじまう。だがな!!」
冷めきった態度を向けるテミスに怯むことなく、サンは声高にそう宣言して身軽に跳び上がると、一番近くに搬入されていた船の甲板まで、一足飛びに跳び上がってみせた。
遅れて響いたスタリという軽快な音は、朽ち果てた木では到底奏でることの出来ないような芯のある音で。
それを耳にしたテミスの眉が、僅かにピクリと持ちあがる。
「ボロいのは『万が一』の時への備えッ! その正体は……俺達公国革命団のねぐらなのさッ!!!」
だん。と。
自信に満ちた言葉と共に、サンが甲板を踏み鳴らすと、確かに朽ち果てているボロ船の表面が僅かに剥がれ落ちた。
どう考えても船の強度は脆く、到底サンの体重すら支えられるとは思えない。
だが現に、サンはテミスの眼前で確かに船の甲板に立っていて。
ならば、相反する二つの事実から導き出される答えは……。
「ッ……!!! 二重構造……か……!!」
「御名答!! これでも、結構手間暇かかってるんだぜ? ボロボロのガワだけを上手く残して、中身を作り直すのが大変でさぁ!」
「ククッ……!! 面白い。一見すればまるで無意味なものであっても、こうも意識の隙間を突かれるとは……!」
真実を知った上でサンの言動を思い返してみれば、何一つ嘘などついてはいない。
確かに見てくれはテミスですら騙される程にボロボロだし、住居として改造されているのならば、水の上に浮かぶ機能を喪失していても不思議ではない。
ただテミス自身の、船は水の上に浮かび、航行する為の乗り物であるという固定観念が、船を模した隠れ家だという真実から目を逸らさせていたのだ。
「ちょうど、あっちの端の船がこの間完成したばっかりなんだ。折角だし、使ってくれて良いぜ! 自信作だから、見てみて感想くれよな! 四人だと個室は無理だが、広さとしては丁度良いはずだ!」
「フッ……了解した。期待させて貰おう」
驚くテミスが再び胸の内で、密かにサン達の評価を覆した時。
得意気な笑顔を浮かべたサンが、ユウキ達が駆けて行った方向を指差すと、端に佇んでいる一隻の船を示して告げる。
そんなサンに、テミスはクスリと不敵な微笑みを浮かべて応えると、自身もユウキたちの背中を追って、ドックの中を歩きはじめたのだった。




