2040話 見えぬ真意
サンの話によれば。
ネルード公国の現・中枢であるを研究所襲撃したアイシュは野へ下り、サンたちの公国革命団とは別の反政府組織へ身を寄せているらしい。
尤も、アイシュが身を寄せた反政府組織も、強引な武力を以て革命を成し遂げんとするような過激派ではなく、現在のネルード公国の在り方を憂い、かつてのネルードを取り戻さんと発起した組織だそうだ。
だが、先日テミス達とも剣を交えた、現・ネルード公国の重要戦力の一人であるアイシュが、真逆の立場であるはずの反政府組織へいとも容易く寝返ったのは妙な話ではある。
「たとえウチじゃなくっても、アイシュ様がこちら側についてくれたってのは大きいんだぜ! なにせ、あの方は一度剣を振るえば千の敵兵を撫で切るお人だからな!」
「…………」
生き生きとした表情で力説をするサンの言葉を聞き流しながら、テミスはおもむろに持ち上げた手を顎に当てて熟考をはじめる。
現・ネルード政府へと反旗を翻したアイシュの行動を、そのまま鵜吞みにするのはあまりにも危険だ。
むしろ、サンの喜び方を加味する限りでは、ネルードの反政府組織は現体制に対して、軒並み苦戦を強いられてきたのだろう。
そこへ下ったアイシュの目的を順当に推察するのならば、後顧の憂いを断つための大掃除だろうか……。
「いや……」
「武力に頼るってやり方は好きじゃねぇけど、これで政府の連中も俺たちの意見を無視はできねぇはずだ! ネルードは変わるぜ……間違いなくなっ!」
黙り込んだテミスが、微塵たりとも話を聞いていない事など露知らず、サンは目を輝かせて理想を語り続けていた。
一方で。テミスの思考は、先の戦いでの状況をも取り込んで、急速に加速していく。
先のネルード軍の侵攻は、間違いなく失敗に終わったと言って良いだろう。
総指揮こそ執っていたのは別の人間であったようだが、切っ掛けがテミスの仕掛けに踊らされたアイシュであるのは間違いない。
ならば、その責を問われての降格……もしくは処罰なりがあったと考えるのが妥当だ。
それに反抗したアイシュが野に下り、反政府組織に居場所を変えたと考えれば、一応の辻褄は合う。
「だが、それならばもっと好戦的な組織を選ぶはずだ」
「あん? あ~……まぁ、確かにそういう連中も居るのは居るけどよぉ……。ああいう奴等はやり過ぎるから、すぐに政府の連中なり、俺達みたいなちゃんとした組織に潰されちまうのさ」
「…………」
「えっと……聞いてる? ……よな?」
ボソリと漏らしたテミスの独り言に、サンは人の良い苦笑いを浮かべて応ずると、包み隠す事無く説明を加えた。
だがその言葉も、肝心のテミスの思考に届く事は無く、右から左へと聞き流されてしまう。
「フゥム……」
まだ何か……重要な情報が欠けている。
ノルの入手した情報にあった動乱の火種がアイシュにあるのならば、どちらにしても彼女の周辺を探る必要が出てくるだろう。
とはいえ、アイシュ自身の狙いが不明瞭な以上、情報収集には細心の注意を払う必要がある。
それに加えてまだ、アイシュが現体制に叛逆したかのように見せかけて、反政府組織の一掃に乗り出しているという可能性も捨て切れない。
ならば……。
「なぁ……って! ……嘘だよな? もしかして俺の話、聞いていなかったのか?」
「っ……!」
「ぶへっ……!?」
思考の末、テミスはそう結論を出すと、漸く意識を現実へと引き戻した。
すると眼前には、間近からテミスの顔を覗き込んで呼びかけるサンが居て。
意識を引き戻した瞬間。視界がサンの顔面で覆われていたテミスが、半ば反射的に右手を振るうと、スパァッン! と肉を打つ甲高い音が酒場の中に響き渡る。
「寄るな。気色悪い」
「っ~~!! 酷くないかっ!? なぁ、アンタたち……。この人……いつも、こんな感じなのか?」
テミスの放った平手打ちに吹き飛んだサンは、直後にがばりと身を跳ね起こす。
そして、サンは目にいっぱいの涙を溜めて、冷ややかに言い放ったテミスを指差しながら、連れであるノルとリコの方へ視線を向けて叫びをあげた。
「あ~……ははぁ……。まぁ……それはそう……ではあるのですけれども……」
「……叩かれたくないのであれば、婦女子の顔をああも間近で覗き込むのは止した方が良いと思います」
「あはは……その程度で済んでよかったね。二回目は助けられる自信……ちょっと無かったからさ」
「……今のは流石に、兄貴が悪いと思いますよ?」
だが。
そんなサンに、湿度の高いじっとりとした非難の眼差しが、一同から一斉に向けられたのだった。




