2039話 相乱れる裏表
「本っ……当にすまなかったッ!!」
ノルたちの座る席へと向かったテミスを、深々と頭を下げたサンの謝罪が出迎える。
傍らでは、ユウキが救い出した若者が、同様に青い顔で頭を垂れており、僅かとは言え直接テミスの戦いぶりを目の当たりにしたせいか、若者の肩は小刻みに震えていた。
「謝罪など必要無い。勘違いするなよ? 当然礼も不要だ。そもそも、私はソイツを助けた訳ではないからな。礼を言うのならばコイツに言ってやれ」
「だがッ……!」
「ッ……!!!」
ガタリと音を立てて椅子へ腰掛けながら、テミスはサンの謝罪にぞんざいな態度で言葉を返す。
事実。テミスはサンの仲間である若者を助ける気は欠片ほども無く、正しさに悖る行いをした治安維持軍の連中を処断したに過ぎない。
だからこそ。たとえ結果として若者が助かったのだとしても、それは偶然発生した災害が彼を救ったに等しく、テミスは礼を言われる筋合いが無いのだ。
少なくとも、テミス自身はそう考えていたし、それで問題無いと思っている。
しかし……。
「そうはいかねぇ! 連中をやっちまったとなりゃあ厄介な事になる! こんな事で恩を返せるとは思っちゃいねぇけど、アンタ等を匿わせてくれ! こんなでも俺は、公国革命団でアタマ張ってんだ!」
「……公国革命団?」
顔をあげたサンが意気揚々と告げた言葉に、テミスはピクリと眉を跳ねさせて問いを口にする。
言葉面からして、ネルード公国内の反政府組織か何かなのだろう。
だが、そもそもの所属がロンヴァルディア側であるテミス達にとっては、彼等も味方とは言い切れない存在だ。
「革命団って言っても、十人がせいぜいの小せぇ組織なんだけどな。けど安心してくれ。金と権力で好き勝手しやがる連中から、逃げ隠れするのは得意なんだ」
「…………」
「革命団に居るのはみんな、サンの兄貴に助けられた奴等ばかりなんです。僕は、妹が助けられたのをきっかけに、町へ出てお手伝いをしていたんですけれど……。運悪くタチの悪い奴に絡まれてしまいまして」
「そういう訳だ。ちゃあんと実績はあるから安心して良いぜ!」
「ま……この国の人間ではない我々には関係の無い話だ」
僅かな思案の後。
テミスはスイシュウたちとサンたちを胸の内で秤にかけると、瞬く間に結論を導き出して冷たい言葉を返す。
サンが見所のある男で、別段悪人という訳ではない事は、テミスも理解していた。
だが、ネルード公国の内側において、サンたちが無法者である事に変わりはなく、彼等と行動を同じくしていては、テミス達が町中を自由に歩き回れなくなる日も遠くは無いだろう。
対して、信頼や信用など全く介在せず、腹の内が読めない男ではあったものの、治安維持軍の一員であるスイシュウは辛うじて態勢の側の人間だ。
ネルード公国を内から乱すという目的を背負ったテミス達としては、味方につけるべきはスイシュウたちで、サンたちは混乱を加速させるための薪とするのが、戦術的思考であると言える。
とはいえテミスとて、そのような血も涙もない冷血な戦術を好んで選ぶ訳ではない。
動乱の中で彼等が如何なる選択をするかは知らないが、少なくとも彼等にとって、テミス達をうちに抱え込むよりはマシである事に変わりはない筈だ。
「待てって……! 連中、特に今は本当にピリピリしてて厄介なんだよ! あのアイシュ様が叛逆したってんだから、無理もねえ話だけどな……」
「……?」
「なっ……!?」
「へぇっ……!?」
「っ……!? なに……? 今、なんと言った……?」
引き留めるサンたちをあしらうテミスが立ち上がると同時に、ユウキとノル、そしてリコも合わせて腰をあげかける。
だが。サンの口から零れ出た予想外に過ぎる名前に、テミス達は驚きに身を硬直させながら声を漏らすと、ビタリとその動きを止めた。
そして、驚き覚めやらぬ中。四人を代表して、テミスがひと際低い声で問い返す。
「だから、連中は今すっげぇ気が立ってるんだ! 至る所で難癖をつけて、みぃんな連れて行っちまいやがる!」
「違う。そこじゃない。誰が……何処に叛逆しただって……?」
「ン……? あぁ、そうか。アンタらはネルードの人間じゃないもんな。名前を言ってもわかんねぇか」
「……! あ……あぁ……。叛逆とはまた、剣呑だと思ってな」
テミスの内心の焦りをよそに、問いの内容を履き違えたサンは、まるで見当違いの答えを語り始めた。
しかし間髪入れず、テミスが鋭い声で軌道を修正すると、僅かに違和感を覚えたらしいサンは首を傾げてみせたものの、即座に理由を見付けたらしく、頷いて話を先へと進め、その言葉のお陰で冷静さを取り戻したテミスは、コクリと頷きを返してみせる。
「ありゃびっくりしたぜ? 確か、十日か……もちっと前だったかなぁ……? ネルードにゃ、跳び抜けて強えぇ兵器を持ってる近衛隊長様方が居るんだけどな? その内の一人の、アイシュ様ってお人が突然、新王宮……研究所で大暴れしたんだよ」
そうして足を止めたテミス達に、サンはコホンと一つ軽い咳払いをしてから、つらつらとネルードの近況を語り始めたのだった。




