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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第30章

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2038話 波止場の酒場

 ユウキの仲裁により互いに剣を収めたサンとテミスは、そのまま先導を始めたユウキに従って黄旗亭へと場所を移していた。

 店に入るや否や、サンは店内でノルとリコと共に待機していた若者へと駆け寄ると、歓声をあげて固く抱きしめた。

 その姿を遠巻きに眺めながら、満面の笑みを浮かべるユウキの隣で、テミスは一人苦虫を噛み潰したような顔で歯噛みをする。


「なぁ……ユウキ」

「気持ちはすっごくわかるよ。ボクも最初はわからなかったもん」

「ハァ……」


 釈然としない思いの捌け口を求めてテミスが口を開くと、ユウキは 視線をサンたちから離さないまま、弾むような声色で言葉を返す。

 何故なら。

 黄旗亭と云う名のこの店の外観は、まるで街路に溶け込んでいるかの如き造りをしており、掲げてある看板も名前だけが簡素に記されているだけの目立たないものであるうえに、長い年月を感じさせる錆に覆われ、外壁と半ば一体化しているのだ。

 そんな隠れ家のようにひっそりと佇んでいる店を、店の名と大まかな位置を聞いただけで見つけ出す事などできる筈もない。

 とはいえ、だからこそノルはこの店を集合場所に選んだのだろうからこそ、責める事など断じてできはしないのだが。


「やれやれ……だ。なんだかどっと疲れた。店主。すまないが一杯、冷たい水を貰えるか?」

「あっ……!」

「…………」


 遅れて襲ってきた徒労感に深々と溜息を吐いたテミスは、フラフラとした足取りでカウンターへ向かうと、裏側でグラスを磨いていた初老の店主に声を掛ける。

 その瞬間。

 ユウキが小さな悲鳴と共に息を呑んだのだが、この時のテミスは気にも止める事はせず、ひとまず喉を潤せれば良いと考えていたのだ。

 しかし直後。

 ゴドン! と。

 重厚な音と共にテミスの眼前に差し出されたのは、テミスの顔面ほどの大きな木製のジョッキに、なみなみと注がれた冷たいビールだった。

 加えて、荒い置き方をしたせいでジョッキの表面を揺蕩っていた濃厚な泡が跳ね、ぴちゃりとテミスの頬で滴った。


「……店主。私は冷たい水を注文したはずだが?」

「ここは酒場だ。頼むンなら酒を頼め」

「っ~~~!!! 怒っちゃ駄目だよ!? マスターは頑固な人だけど、悪い人じゃあないんだ!!」

「…………」

「…………」


 びしり……と。

 カウンターを挟んで一気に高まった緊張感に、一部始終を把握していたユウキが慌てて飛び込むと、上ずった声でテミスを宥めにかかる。

 それでも。テミスも店主も互いに向け合った鋭い視線を逸らす事は無く、そのまま数秒の時間が経過した。

 そして……。


「っ……!!!」

「わっ……駄……。えっ……?」


 満を持してといった様子で、気迫を纏ったテミスの右手が鎌首をもたげると、鋭い悲鳴をあげたユウキがテミスを止めるべく二人の間に割り込みかける。

 だが。テミスの手が向かったのは店主の方ではなく、カウンターの上に鎮座するジョッキの方で。

 瞬く間にジョッキを掴み上げたテミスは、ユウキが驚きに目をまん丸に見開く前で、巨大なジョッキを傾けると、瞬く間に一息でその中身を飲み干した。


「ほぉ……?」

「ふぅっ……! 豪語するだけあって中々に良い酒を出すじゃないか。ちょうど喉が渇いていたんでな。美味かったよ」


 そんなテミスに、店主はピクリと眉を跳ねさせて息を漏らすが、対するテミスは酒で濡れた口元をぐいと手の甲で拭うと、ニヤリと不敵に笑って言葉を返す。

 事実。

 不調であるときを除けば酒に酔うことの出来ないテミスにとっては、酒も水も喉を潤すことの出来る飲料としては大差は無く、加えてビールの爽やかなのど越しは、嘘偽りなく美味いと感じられたものだった。

 だからこそ。テミスは懐の財布から銀貨を一枚取り出すと、パチリと爽やかな音を立ててカウンターへと置き、飲み干した酒の代金を支払った。

 今飲み干した酒の金額こそ解らなかったものの、銀貨がロンヴァルディアと同じ価値であるのならば、多いことはあれど不足している事は無い筈だ。

 しかし……。


「待ちな」

「なんだ? 金が足りていないか?」


 カウンターの奥からぶっきらぼうに投げかけられた店主の声に、テミスは剣呑な気配を身に纏いながら身を翻す。

 美味かったとはいえどたかだか酒の一杯。しかも、こちらから注文したものではないのだ。

 既に適正価格以上の支払いをしているテミスとしては、これ以上は錫貨の一枚たりとも支払う気は無かったのだが……。


「ホレ。水だ。良い飲みっぷりだった。さっきの一杯もこいつも金は要らねぇよ」

「フム……」


 店主は冷たい水に満たされた新しいジョッキをテミスへ差し出すと、カウンターの上に置かれた銀貨を顎でしゃくる。

 とはいえ、テミスとしても一度差し出した金を再び懐に戻すのは意地が許さず。


「ならばその金で私とコイツ……あとはそこのテーブルに居る人数分、飲み物と軽食を出してくれ」


 テミスは水の入ったジョッキを受け取ると、自身の傍らに立つユウキへ視線を向けた後、ノルたちの座るテーブルを店主に示し、涼やかな笑顔を浮かべて告げたのだった。

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