2037話 運命の悪戯
テミスがサンへ向けて放った一撃は咄嗟のもので。
そこに一切の加減は無かった。
その実。常人では目で捉える事すら叶わない速度で放たれた一撃に、サンは反応をする事すら出来てはおらず、籠められた威力もサンの頭蓋を砕き散らすには十分過ぎるものだった。
しかし。
「ちょぉっと待ったぁぁぁぁっっ!!!」
「――っ!?」
突如響いた叫び声と共に、テミスとサンの間に青白い燐光を纏った剣を携えたユウキが飛び込むと、サンへ向けて放たれた決死の一撃を受け止める。
打ち鳴らされた金属音は強烈に波止場の空気を揺らし、一撃に込められた威力の高さを声高に物語った。
だが、飛び込んだユウキの一撃では、全力を以て放たれたテミスの一撃を止め切ることはできず、ユウキは手にした剣ごと吹き飛ばされる。
その先には丁度、両手の短剣を振りかざしたサンが居て。
テミスの打突を受け止めたユウキはそのままサンへと激突すると、二人はまとめて数歩の距離を飛ばされた後、サンの上にユウキが尻もちをつく形で動きを止めた。
「痛っ……たったったったぁ……。やっぱり受け切れないかぁ……。危なかったね! アレまともに食らってたら、キミ……頭無くなってたよ!」
「うぐ……クッ……アンタ……は……?」
「お前……何故……?」
望外の乱入者に、テミスは柄頭を打ち放ち終わったままの態勢で硬直すると、驚きを露に目を丸く見開いて問いかける。
若者を救出して一足先に戦いから離脱したユウキは、既に集合地点である黄旗亭とやらに向かっているか、到着しているかしているはずだ。
百歩譲って、救出した若者を連れていないのは良いとしても、道に迷っていたテミスの元へやってくるのはつじつまが合わない。
「何故って……皆とお店で待ってたら、前を通り過ぎて行っちゃうんだもん! あんまり自然に通り過ぎて行ったから、気が付くの遅れちゃったんだからね!」
「ム……? 通り過ぎ……? 馬鹿な。黄色い旗を掲げた店なぞ無かった筈だが?」
「あ~……そっかぁ……そうだよね。確かにお店の名前だけ聞けば、そう思っちゃうよねぇ……」
「…………」
ユウキは驚き問いを重ねるテミスに、サンの上に馬乗りになったまま、にっこりと笑顔を浮かべて答えを返す。
一方でテミスも、唐突に表れたユウキに意識を取られ、つい先ほどまで戦っており、今はユウキの尻の下で呆然としているサンの事が、すっかり意識から零れ落ちていた。
「よっ……と! でも、ギリギリ間に合って良かったよ。まさか、追い付いたらまた戦ってるなんて思わなかったもん。でも、見境なしは良くないと思うな。この人は治安維持兵じゃないよ」
「人聞きの悪い事を言うな。私から仕掛けたのではない。襲い掛かってきたのはソイツの方だ。私は応戦したに過ぎん」
「あ、そうだったの!? ごめんごめん。すっごく怒っていたみたいだったから、てっきり……」
「ったく……。だがまぁ、止めてくれて助かった。殺す気は無かったのだが、ソイツの動きが予想以上だったのでな。加減を欠いてしまった」
テミスと会話を交わしながら、ユウキはぴょこんと身軽に立ち上げると、そのままテミスの傍らへと歩み寄る。
朗らかに笑うユウキに、テミスは携えていた大剣を背中へと戻し、クスリと穏やかな微笑みを浮かべて、まるで戦いなど無かったかのような態度で言葉を返した。
そんな二人を前に、完全に蚊帳の外に放り出されてしまった形のサンは、ただただ目を白黒させて驚くばかりで、地面に座り込んだまま見上げている事しかできなかった。
「ホントだよ! 感謝してよね? あの人を助けたボクたちが、あの人の仲間を殺しちゃう所だったんだから!」
「ン……? 待て……仲間……? 話が読めん。どういうことだ?」
「この人、サンって人だよね? ボクたち、お店に着いてからあの人にお話を聞いていたんだけれど、リーダーからもお礼を言わせてくれって、あの人の仲間が呼びに行ってたんだよ」
「フム……? あぁ、なるほど、読めてきた。それで不運にも、店を通り過ぎた私と、店へ向かうソイツがかち合ってしまったという訳か」
ユウキの説明から、テミスはおぼろげながら現状を把握すると、数度頷いて納得を示し、未だに状況を呑み込めていないサンへと視線を移した。
つまるところ今回の遭遇戦は、ただの不幸な行き違いから起こった戦いなのだろう。
テミスが店を見逃す事が無ければ、不審に波止場をうろつくテミスを見付けたサンが、仲間からの呼び出しを優先して声を掛けなければ、幾ばくかはマシな邂逅があったやもしれない。
「えぇっと……つまり……どういう事だよっ!? 頼むから……俺にもわかるように説明してくれぇッ!!」
そうして納得し合う二人に、サンは勢い良く立ち上がって頭を抱えると、心の底からの悲痛な叫びをあげたのだった。




