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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第6章

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190話 罅の音

 ガラガラと音を立て、その馬車は一直線に街道を進んでいた。

 豪奢な装飾が施されたその馬車の屋根には、軍旗が風になびいており、その所属が魔王軍の第十三軍団であることを公言していた。


「っ……! テミス様ッ!」


 前方にテプローの防壁が見え始めた頃、マグヌスが緊張した声で後ろのテミスへと呼びかける。


「良い。進め」

「ですがっ!」

「そのままだ」


 しかし、その声に御者台へと這い出てきたテミスは、ただ一言告げただけだった。


「フン……暇な奴だな」


 テミスは前方を見つめてそう呟くと、城門から出てくる衛兵らしき影を眺めて鼻を鳴らした。

 そもそも、衛兵たちなど必要ないのだ。既にここは奴の……ケンシンの能力の範囲内。その気になった奴が能力を使えば、その影響下にある私たちを攻撃する事は容易なのだ。


「とっ……とまれェッ! 魔王軍がこの町に何の用だッ!?」

「フン……今更だろうに……」


 震えながらも槍の穂先を馬車へ向け、叫びを上げた衛兵に視線をやりながら、テミスは小さくため息を吐いた。

 この町の連中を助けてから、我々第十三独立遊撃軍団とテプローは水面下での協力体制にあった。

 故に、王都襲撃の際はテプローを経由したし、先の戦いでもこの町の防御力を利用した戦術を用いた。だが、あくまでもそれは私とケンシンの間で交わされた例の約束があるからであり、私が軍籍を離れれば奴はマグヌス達を容赦なく敵と見なすだろう。


「私は魔王軍第十三軍団軍団長、テミスだ。見ての通り、こちらに戦いの意思は無い。この町の領主……ケンシンを出せ」

「っ……! 用件はッ――」

「――黙れ。雑魚に用はない」

「っ――!!!」


 御者席で立ち上がり、テミスが言葉と共に衛兵を鋭く睨み付ける。しかし、衛兵は目に見えて怯んだものの、その手に持った槍を固く握りしめ、その場に踏み止まった。


「ホゥ……? 良い根性だ。だが、問答は時間の無駄なのだよ。こちらとて、不本意な戦いはしたくない……こうして武装を解除し、副官とたった二人で訪ねている時点で、我々の意志は示している筈だがな」

「だがっ……!」

「フン……頭の固い奴め」

「ひっ――」


 交渉の余地はもう無い。見せた根性に見合うだけの対価は差し出したはずだ。これ以上時間を食われ、リョース達にこの場面を見られる訳には万に一つもあってはならないのだ。

 テミスは一言で吐き捨てると、腕を振り上げて拳を握る。そして、ぎしりと握り締めてからその手を開くと、目に見えるほどに膨大な魔力がその掌に集まっていた。


「テミス様ッ! いけません! それでは――!」

「黙れマグヌス。こうしてここで時間を浪費している方が遥かに危険だ」

「っ―ー! お背中、お守りします!」


 ギョロリとテミスの目が動き、背後のマグヌスを捉える。そして、恐ろしく冷たい口調でマグヌスを諭すと、腰を抜かした衛兵に視線を戻し、御者台から飛び降りた。


「怖がることは無い。痛みを感じる暇すらないさ」

「や……やめろっ! 来るなッ!」

「問いかけただけで、殺されるとは思わなかったか?」


 尻もちをついたまま、ずりずりと逃げようともがく衛兵に距離を詰めながら、テミスは薄ら笑いを浮かべて問いかける。周囲には他の連中も武器を握り締めて取り囲んではいたが、誰一人として勇気ある哀れな衛兵を助けようとする者は居なかった。


「超重握滅手……掌に集めた魔力で次元を歪ませ、超重力を生み出す技だ。触れただけで全てを握り潰すこの手を耐える事は不可能……。喜べ。この技を受けるのは、お前が世界で最初だ」

「ヒッ……ヒィィィィッ!!」


 語りながら、テミスは易々と追い付いた衛兵の胸ぐらを掴み上げ、魔力の籠った手をゆっくりと抜手の構えの様に持ち上げてみせる。

 チッ……。ここまでやって見せても誰も動かんとは……。強大な力による庇護と言うのも考え物だな……。

 テミスは素早く周囲に視線を走らせながら、胸の中でため息を吐いた。

 そもそも、この衛兵を殺す気など無かったと言うのに……。この誰かが衛兵の代わりに通すと言えば……ケンシンに取り次ぐと告げればそれで済んだと言うのに。


「……すまんな」

「っ~~!!!」


 物憂げに一言そう呟くと、テミスは抜き手の形に掲げた手に力を籠める。

 今も尚、ケンシンはこの場を視ているはずだ。それでも出てこないと言うのは何かしらの理由があるのか……?


「――お待ち下さい」

「っ――!?」


 テミスの魔手が衛兵に突き立てられる刹那。突如響いた静かな声が、テミスの手を寸前で止めさせた。


「サヨ……だったか? 随分と見違えたな」


 声の出所はテミスの背後。そのたった数歩ほどの位置に、以前見た事のある少女が傅いていた。

 衛兵から手を離し、掌に集めた魔力を霧散させると、テミスは体をサヨに向けて微笑みかける。前に会った時は王都攻めの時だったか……ただの付き人だと思っていたが、どうやらそうではないらしい。


「……ケンシン様がお会いになられるとの事。領主館でお待ちです」

「フッ……承知した。案内を頼む」

「畏まりました。そのまま中へどうぞ……馬車の方も」


 事務的な言葉だけを告げるその態度に、テミスは苦笑を漏らしながら言葉を重ねた。きめ細かい鎖帷子に黒い装束、更には小太刀と来るとはな……。

 クルリとこちらに背を向けたサヨの、まさに忍者といった姿を視野に入れながら、テミスはその小さな背に続いたのだった。

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