2022話 拭い切れぬ不穏
テミスとユウキが探索をした家屋の中は、いたって普通の民家だった。
一通り居室を回った感じでは、恐らくは夫婦と、それなりに年を重ねた子供が居たのだろう。
だが、外で待機している二人が危惧していたように、家人がゾンビと化しているような事態は無く、幽霊の類も姿を現す事は無かった。
しかし不気味であったのは、食事であったと思しき残骸が食卓の上に放置されたままであったり、衣服や金品などの品々がそっくりそのまま残されており、その様はまるで本当に突然前触れもなく、ここに住んでいた人物だけが消失してしまったかのようで。
室内に堆積した埃の分厚さや、家具諸々の傷み具合を見ても、ただ相応に放置され、年月が経過しているというだけで戦闘の痕跡などは一切見られず、大規模な野盗団に襲われた訳でもなさそうであった。
「入って問題無い。だが、拠点として用いるには酷く空気が悪い。一度空気を入れ替えるとしよう」
玄関扉を開けてノルとリコを招き入れたテミスは、そのまま家中の窓という窓を開け放って回った。
ここを拠点とするならば、少なくとも数日は起居をする事になるのだ。
塵一つ残さず磨き上げる必要は皆無だが、少なくとも逗留するのが不快でない程度には掃除をしておきたい。
「ユウキ。お前は居間の方を頼む。この際だ。ある程度目立っても仕方が無い」
「了解だよ! でもコレ……お掃除大変そうだなぁ……」
「我慢しろ。嫌ならば一部屋あてがってやるから、お前は埃を布団にしても構わんぞ?」
「そんなのイヤだよ! 勿論ボクやるっ!」
「……お二人とも、凄いですね」
「っ……!! まだ少し怖いけど……お片付けなら私の出番です! 机の上のお皿とかは全部捨てちゃっても構いませんか?」
物怖じ一つすることなく、他人の家の中を我が物顔で歩き回るテミスとユウキに、最初は不気味な雰囲気を漂わせていた室内に気圧されていたノルとリコも、次第にいつもの調子を取り戻して動き始める。
この家は扉から入ってすぐに一番広い、調理場と居間を兼ねた大部屋があり、そこから続く廊下の左右に一つづ、合計で四つの部屋が連なっている形だ。
一応、大部屋に隣接する形で、水回りの類が揃えられた部屋があったものの、放置されて久しいこれらの道具は全て壊れており、辛うじてトイレだけは、設置された魔石の魔力を補充すれば使えるだろうという状態だった。
とはいえ、流石に人手が四人もあれば片付けは容易いもので。
何処かの部屋からノルが掃除道具を見付けてくると、その速度はさらに加速し、テミス達は大した時間をかける事無く、拠点を逗留するのが苦にならない程度の状態に回復する事ができた。
尤も。
その過程で生じた大量のゴミは、ここが拠点であるという事を秘すためにも外に放り出す事はできず、結果として使用できない風呂場へと封印されたのだが。
「さて……これでひとまず我々は拠点を手に入れはした訳だが……」
掃除が終わり、家の中に充満していた埃や空気が入れ替わった頃。
家中全ての窓を閉じたテミスは全員を居間に集め、静かな声で話し始めた。
「不気味だの怖いだのという観点は別として、幾つか腑に落ちん点があるのは間違いない」
「そうだね。どの部屋も痛んではいたけれど、生活感というか……今も人が住んでいるみたいだった」
「あのお食事の残りは、ある意味で衝撃的でした……」
「なんと言うか……掃除はしましたけれど、本当に拠点として使って良いのか疑問です」
「ハァ~……お前達。注目する点は間違ってはいないが、考える方向性が違うぞ」
テミスは自身の話に頷いて同調を始めた一同に深々と溜息を吐くと、タン、タンと指で机を叩きながら、早速脇道へ逸れ始めた話を正道に戻す。
「我々は、この村で何が起こったのかを知るために来たのではない。我々が気にすべきはただ一つ、この家屋が拠点として使えるのか否かだ」
「使える……とは……? 掃除も終えましたし、不気味ではありますが、体を休めるには十分かと思いますが……」
「馬鹿を言うな。もっとも重要な確認事項がまだあるだろう」
「えぇっと……?」
「……お布団。とかです?」
淡々とした口調で話を先に進めるテミスに、一同は不思議そうな顔で首を傾げ、リコに至っては頓珍漢な答えまで口走り始める。
「違う。安身を隠した上で全に一夜が過ごせるか否かが問題だ。この家は人が忽然と消えたとしか思えん状態だった。とはいえこの村全ての家屋を見て回る訳にもいかん。故に今夜は不寝番だ。全員。日が暮れるまでいざという時の退路も確認しておけ。睡眠は二人づつ取り、周辺警戒に努めるぞ」
そんな仲間達を前に、テミスは呆れたような表情を浮かべながら、次の行動指針を示したのだった。




