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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第30章

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2021話 進む者残る者

 朝靄の立ち込めるテルルの村は、まるで村そのものが眠りについてしまっているかの如くしんと静まり返っていた。

 テミス達は周囲を警戒しながら一通り村の中を見回った後、ロロニアが船をつけた港から程近い、湖のほとりに建てられた、村の中で二番目に大きな家屋に拠点を構える事に決めた。


「ふ……よもや私が、こんな空き巣紛いの事をする日が来ようとはな……」


 カシャン! と。

 澄んだ音を立てて薄汚れた窓の一部を突き割ると、テミスは皮肉気に鼻を鳴らす。

 技術の発達していたあの世界に比べて、この世界の鍵は未だに原始的だ。

 加えて、身を隠す必要も無ければ、特別な道具などは要らず、背負っていた大剣の柄頭で事は足りる。

 いわばこれも、一種の知識が役に立った場面とも言えるのだろうが、盗みに対策をする為に付けた知識を、全く逆の方向に役立てている事に、テミスは何処か釈然としないものを覚えずには居られなかった。


「へぇ~……意外です! 剣を手に取った時にはてっきり、ズギャンッ! と窓を斬り払ってしまうものかと」

「だが、拠点として利用する事を考えれば……なるほど。こちらの方が合理的ですね。窓が割れたままどうしても不便だし、しかし廃屋ばかりが並んでいるこの村で直してしまっては目立ってしまう」

「それにしても、随分と上手だね? もしかして、()にこういうコトとかしてたりした?」


 割り開けた小さな穴から手を入れ、テミスが窓の鍵を開けている間、その様子を眺めていたリコ達は、それぞれに好き勝手な感想ばかりを口にする。

 そんな三人を振り返ると、テミスは苦虫を噛み潰したような渋い表情を浮かべながら、ユウキに視線を向けて口を開く。


「逆だ。逆。以前は憲兵のような仕事をしていたからな、盗みを働く連中を捕えるためにが、嫌でもこういった知識が付くんだよ。そんな事より、無駄口を叩いていないでさっさと入れ」

「あははっ! そっか……そうなんだね! んじゃ、失礼して……お邪魔しまぁす!」

「…………」

「…………」

「……?」


 そう告げると、ユウキは何故か表情を輝かせてにっこりと笑顔を浮かべると、朗らかな声で挨拶を口走りながら、ひらりと窓枠の向こう側へと身を躍らせた。

 だが、残りの二人は気まずそうに視線を交わし合っただけで動こうとはせず、テミスは怪訝そうに首を傾げる。


「お前達もだよ。ホレ」

「あ~……いやその……そうだ! わ、私はほら! この通り荷物がたくさんありますし! 一人ではとてもよじ登れませんので……! 皆で窓から入らなくても、扉を開けていただければ、お手を煩わせることはありませんから!」

「っ……! っ……!! 戦えないリコを一人で外に残す訳にもいきません」

「…………」


 言い淀むこと数秒。

 リコはあからさまにたった今捻り出した理由を告げるが、たしかに彼女が担いできた擬装用の荷物は大きく嵩張るため、一人で窓までよじ登るのは厳しいだろう。

 だがその言い訳を聞いた途端、隣のノルはまるで裏切られたとでも言うかの如く驚きの表情を浮かべた後、肩を跳ねさせて表情を輝かせ、まさに取って付けた理由を述べた。

 だが、付け焼き刃の理由など通用するはずも無く、テミスは半眼でじっとりと湿度の高い視線を容赦なく二人へと浴びせる。


「っ……! うぅ……勘弁してくださいよぉ……! 私たち、ネルードに用があるんですよね? なら、拠点はそちらに置きましょうよ! こんな不気味な雰囲気のお家なんて、流石に怖くて入れませんっ!」

「……リコに同意します。決して怖い……などという訳ではありませんが。我々の作戦目標を考えるのならば、拠点は公都に置くべきかと」

「あははっ! 確かにこの雰囲気だと、ゾンビとか隠れて居そうだもんねぇ……」

「ハァ……」


 テミスの向けた視線に耐えること数秒。

 まずはリコが白旗を挙げて本心を吐露すると、僅かに頬を赤らめたノルが視線を泳がせながらそれに同意する。

 どうやらこの二人にとっては、漠然とした存在であるおばけなどよりも、脅威として襲い掛かってくるゾンビの方が余程恐ろしいらしい。

 一方でユウキは、一通り村の中の探索を終えてもお化けは居らず、陽も昇った今では既に調子を取りもしていて。建物の中から暢気に笑い声をあげていた。


「やれやれ。だが、その意見は却下だ。後々に首都にも拠点は構えるが、不測の事態に備えての予備拠点や、連中の首都へ忍び込むための橋頭保は必須だ。だがまぁ……そんなに来たくないと言うのならば仕方が無い」


 村の中でも比較的大きな家とはいえ、所詮大した広さは無い。

 怖がっている二人を無理に探索に参加させたところで、余計な時間を食うだけだろう。

 そう判断したテミスは、呆れたような視線を二人へと向けながら、それらしい理由をこじつけた二人の意見をしっかりと却下した後、肩を竦めて身を翻し、窓から建物の中へと侵入する。

 ……とはいえただ、我儘を聞いてやるのも収まりが悪いか。

 ふと脳裏を過った思考に、テミスはニヤリと意地の悪い笑みを浮かべると、開け放たれたままの窓から二人を振り返り言葉を残す。


「……だが気を付けろよ? こういう時に決まって真っ先に襲われるのは、進む事を選んだ奴よりも尻込みした奴と相場が決まっている」

「確かに。お決まりのパターンだよねぇ~。一斉にゾンビが起き出して来てこの家に押し寄せて来るとか!」

「ひぃっ……!?」

「なぁ……!?」


 そんなテミスの言葉にユウキが同調し、二人は迷いの無い足取りで開け放たれたままの窓枠から離れ、家の中へと消えていく。

 だが、残された意地悪な置き土産に、ノルとリコは二人揃って身を寄せ合いながら悲鳴を漏らすと、涙の溜まった目でテミス達の姿が消えた窓枠を見つめていたのだった。

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