2018話 選抜部隊
フリーディアへの報告から七日後。
この日まで潜入作戦の決行を待った理由はただ一つ。
テミスの体調の全快が、フリーディアの出した条件の一つだったからだ。
尤もテミスとしては、そもそも戦いを避けて然るべき作戦であるが故に、走る事ができるまでにさえ回復してしまえば、全快を待つ必要など無かったのだが。
「良い夕陽だ。ノル。ユウキ。よく見ておけよ? ともすれば、これが我々の拝む最後の日の光になるやもしれん」
軍港で肩を並べたテミスは、クスリと口角を吊り上げて嗤うと、傍らに立つノルとユウキへ視線を向けて皮肉気に告げる。
「冗談でもそういう事を言うのはやめなさい。何なら、今から作戦を破棄したって構わないのよ?」
「それこそ冗談が過ぎるぞフリーディア。ただでさえ七日も待ったんだ。これ以上時間を置けばあちら側の情勢が変わりかねん」
「あははっ! 大丈夫だよ。ボクたちは絶対、無事に帰ってくるから」
「験担ぎという意味では、私は勘弁願いたいですけれど……」
テミスの言葉通り、ユウキとノルは暮れ行く夕陽へと視線を向けた。
しかし、二人が浮かべた表情は正反対で。
弾けるような笑顔で笑い声をあげたユウキに対して、ノルは酷く物憂げな表情で、目を細めて夕陽を仰ぎ見る。
「ところで、アイツはまだなのか?」
「今、ユナリアスが支度を整えている所。もうすぐ来るはずよ」
「クス……別に、置いて行っても構わんのだがな……」
数拍の間を置いて。
焦れたように眉を吊り上げたテミスが問いかけると、先ほどの冗談で機嫌を損ねたままのフリーディアは、淡々と突き放すような声色で答えを返した。
今回の潜入攪乱任務に選抜されたのは四名。
まずは、ネルード公国の地の利に明るいノルが案内役として選ばれ、次にテミスと同等の戦力を有するという理由からユウキが選ばれた。
そして最後に、ユウキの推薦でリコの名前が挙がったのだが、極秘任務である性質上本人に同行の是非を問う事も出来ず、結果として作戦の詳細を伝えないまま秘匿性と危険性だけを説明し、参加するか否かをリコに訊いたところ、迷うことなく参加を表明して見せたのだ。
故に。
リコは改めて指揮所の天幕にて、ユナリアスから任務の詳細の説明を受けると共に、潜入用の装備の調整を行っている。
「その言い方は酷いよ。危ないってわかっているのに、リコはそれでも付いてきてくれるんだからさ」
「流石はたった二名の選抜の突破者。感服です。お話を聞く限りでは、戦闘は不得手だそうで」
「本人曰く、潜入先の拠点の管理や細かな雑務はお任せください! だとさ。正直に言うのなら、助かると私も思っていたところだ」
テミスの皮肉を聞いた途端、ユウキは頬を膨らませて不満を露わにし、直接テミスへ苦言を呈した。
同時に隣に立つノルも、流石に直接的な表現こそしなかったものの、リコを褒めて遠回しにユウキと同調する。
とはいえ、口ではテミスも皮肉を叩いたものの、リコが申し出てくれなければフリーディアへの報告や定時連絡などの雑務を担う羽目になったため、本気で置いて行こうなどとは微塵も考えていなかった訳だが。
「ほらぁ! ならちゃんと感謝しないとだよ?」
「……ですが、現地での事が少し心配であるのも事実です。拠点となる場所はいくつか目星をつけていますが、私も拠点を空けないで済むとは限りませんので」
「大丈夫! その為にボクが行くんだもん。そうだよね?」
「…………」
のんびりと言葉を交わすノルとユウキを尻目に、テミスは投げかけられた問いに答えを返す事無く、僅かに顔を背けた。
確かに、ユウキが作戦に参加すれば、リコの護衛を任せる事も出来るだろう。
だが、テミスの真意はそこに無く、潜入した先のネルード公国のどこかには、あのアイシュが居るはずで。
なればこそ、万に一つ潜入先でアイシュと遭遇した際、確実に勝ち切ることの出来る戦力として、ユウキを選んだのだ。
そういう意味では、リコに付き纏う危険は変わっておらず、テミスは砂を食むような気まずさを覚えずには居られなかったのだが……。
「あっ……! 来たんじゃない? あれっ!」
「違いない! だが……んん……? 妙に大荷物じゃないか?」
「ハァ……」
歓声を上げたユウキの指差した先では、簡素ながらも清潔な服装に身を包んだリコらしき人影が、何やら大きな包みを担いでテミス達の元へ向けて駆けてきていた。
その違和感に眉を顰めたテミスの内心を代弁するかの如く、首を傾げたノルが声をあげると、テミスは密かに小さくため息を漏らす。
「皆さぁん!! お待たせしました!! さぁ! いざ行きましょう!!」
「あ~……えぇと……その荷物は?」
「へ? だって、私たちは行商人って設定で潜入するんですよね? だったら、売り物を持っていないと不自然じゃないですか? まぁ、中身はあり合わせのものですが」
「っ……!」
「確かに! ボクたち、売り物っぽいものは何も持っていないかも!」
「……良かったわね? リコが来てくれて」
そんなテミス達の疑問に、問われたリコがあっけらかんとした表情で答えを返すと、傍らで様子を見守っていたフリーディアが、チクリと皮肉を囁いたのだった。




