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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第30章

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2016話  無私の忠誠

 遠回りにはなるものの、これでひとまずの目標は達成できるだろう。

 そうテミスが胸を撫で下ろしている傍らでは、黙したまま俯いたノルが悔し気に固く拳を握り締めていた。

 ノルもまた、潜入作戦に関する殆どの情報を知る者。テミスとフリーディアの話を聞いていれば、新たに出された作戦計画がいかに無駄足を踏んでいるかは理解できる。

 そしてノルからしてみれば、新たな作戦が多大な無駄を孕んでまで護っているのは、他でもない自分自身の存在に他ならない。

 いくら理由を積み重ねようとも、揺らぐ事の無いその事実が変わる事は無く、ノルはまるで自身の身体が底無しの暗闇に呑まれていくかのような錯覚を覚えていた。


「っ……!」


 緊張と絶望で干上がった喉を潤さんと、ノルの身体が反射的に生唾を呑み下す。

 しかし、口内も既に砂漠もかくやというほどカラカラに乾いており、唇から微かに動いただけに留まった。

 フリーディア様は作戦自体を否とは言わなかった。

 部隊の錬成に時間が必要であるのは間違いないし、もしも根拠さえ告げる事ができれば、潜入作戦はそのまま認可されただろう。

 けれど、それを阻んでいるのは自分自身の存在。

 今はユナリアスに……ひいてはロンヴァルディアに忠義を誓っているとはいえ、元が敵国の人間であると知れれば、きっとただでは済まない。

 このまま黙していれば、噂に名高い白銀の戦鬼の元で鍛え直し、再びユナリアス様の元へと戻る頃には、これまで以上にお役に立てるはずだ。

 それはどうしようもなく抗い難い、キラキラと輝く未来への道だった。

 だが……。


「ッ……!! ユ……ナリアス様。どうか、ご壮健で」

「えっ……!?」


 我が身の可愛さに、己の主へ損を被らせるなど言語道断だ。

 ノルは自身の傍らで何処か安堵したような表情を浮かべているユナリアスの顔を仰ぎ見ると、眩く輝く未来への誘惑を捩じ伏せ、震える声で自身の主へと別れを告げた。

 悲壮たる覚悟を決め、大粒の涙を流しながら微笑むノルの纏った気迫は、白熱していた議論がひと段落の様相を見せ、僅かに弛緩した天幕の中に在っては酷く不釣り合いで。

 出し抜けに別れを告げられたユナリアスも、言葉の意味をすぐに飲み込む事ができずに、ポカンとした表情を浮かべている。


「フリーディア様ッ……!! 今が好機たる根拠ならばあります!! 私は、元はネルードから放たれた密偵が一人!! 情報によれば、今ネルードは混乱の最中にあります! 強硬偵察作戦を行わずとも、潜入して内側を乱すのは容易かと!!」


 その隙を突いたノルは、勢い良くフリーディアとテミスの元まで数歩の距離を詰めると、己の背で両腕を組み、背筋を正して秘密を告げた。

 同時にノルの身体を支配したのは、途方もない達成感と解放感、そして一抹の苦い後悔で。

 朗々と放った言葉が途絶えると、しぃんと静まり返った沈黙が天幕の内を満たした。


「…………。チィッ……!!」


 訪れた空白の時間は僅かに数秒。

 まず真っ先に正気に戻り、動きを見せたのはテミスだった。

 忌々し気な舌打ちを一つ奏でながら身体を捌き、ノルを庇うように身を沈めて身構える。

 テミスとしては、ノルのこの行動はやっとの思いでまとめた場を破壊されたも同義ではあったものの、身体は感情よりも先にノルの保護を優先した。

 もしもこの場で、フリーディアがノルを敵性存在だと断じて捕えるような真似に及べば、練り上げた計画は全てご破算となってしまう。

 今はまだ、ネルード側がこちらの情報を得ているという誤認を解くべき時ではない。

 その辺りの諸々の戦略を考えたうえで、フリーディアを打ち倒してでも守るべきだという判断だったのだが……。


「そう……。ありがとう。良く教えてくれたわね」

「…………」

「フリー……ディアさま……?」


 テミスが相対したフリーディアは、ただその場で柔らかな微笑みを浮かべ、優し気にノルへと告げただけで。

 ノルの身柄を捕縛すべく襲い掛かる訳でもなく、敵を名乗ったノルを警戒する素振りすら見せる事は無かった。

 その部隊を指揮する者としてあるまじき判断は、完全にテミスの想定の外にあり、衝撃を受けた思考が僅かに空白を生み、身構えた身体がピクリと跳ねて硬直する。


「……あのね。貴女、私を何だと思っているのよ? 全く……貴女じゃあないんだから、元は敵に属する人間であっても、いきなり襲い掛かったりする訳が無いじゃない」


 そんなテミスを、フリーディアはじっとりとした半眼で睨み付け、深々と溜息を吐いて肩を竦めてみせると、ぴんと立てた人差し指を突き付けて言い放つ。

 その言葉には先ほどまでのピリピリとした雰囲気は無く、寧ろ肩の力が抜けたような気楽さすら漂っていた。


「…………。そういえば、お前はそういう奴だったな。だがその判断。指揮官としては落第どころか失格だぞ?」

「あら、不思議ね? いつも型破りな貴女がそんな事を言うなんて。貴女に比べればこの程度、可愛いものでしょう?」

「っ……! フン……相変わらず、忌々しい奴だ……」


 得意気な微笑みを浮かべるフリーディアに、テミスは皮肉気に頬を歪めて告げるが、笑みを崩さないままに返された言葉には、ただ鼻を鳴らして嫌味を吐き捨てることしかできないのだった。

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