2013話 本心の茶番
テミスたちが指揮所の天幕へ背を向けてからしばらくして。
「よし……それでは良いな? 手筈通りに行くぞ」
「わかった」
「はい……!」
再び指揮所の天幕の前へと戻ったテミス達三人は、決意に満ちた表情で互いに顔を見合わせると、コクリと頷きを交わして歩き始める。
先頭を歩くのはユナリアス。
彼女の歩みに迷いはなく、凛とした佇まいからは騎士たる者の誇りが窺えた。
その後に続くのは、ユナリアスの副官でもあり今はテミス旗下の一員でもあるノル。
今や彼女の表情に怯えは無く、ユナリアスのきっちり三歩後ろを続く様には、堂に入った貫禄すら感じられた。
そして殿を務めるのはテミス。
眉根に皺を寄せた深刻極まる表情は、ピリピリとした気迫に満ち満ちていて。
普段のテミスを知る者……例えば今もファントで留守を守っているマグヌスなどが見れば、ひと目で深刻な事態が起きたのだと見抜いただろう。
「いくよ……?」
「…………」
「っ……」
三人は息を潜め、指揮所の天幕の入り口の前で足を止めると、後に通dくテミス達を振り返ったユナリアスは、蚊の鳴くような囁き声で確かめる。
テミスとノルはただ、その声に小さく頷いて応えた。
そして一拍の間を置いた後、三人は陣形を保ったままバサリと布がはためく音を奏でながら一気に指揮所の天幕の中へとなだれ込むと、ビクリと肩を竦ませたフリーディアと相対する。
「な、なによ……もぉ……びっくりした――」
「――フリーディア!! まずいことになった」
「っ……!! 全軍に即応待機を通達。状況を説明して」
とはいえ、フリーディアにとってはただテミス達が戻ってきただけであり、溜息と共に苦言を口走りかけた。
だが、それを遮ってユナリアスが言葉を重ねると、眉を跳ねさせたフリーディアは即座に表情を引き締めて席を立ち、ユナリアスの後ろに続いていたノルへ視線を向けて迅速に指示を飛ばす。
「待って。敵襲じゃないよ。けれど、事態が深刻なのは間違いない。話を、聞いてくれるかい?」
「……? …………。わかったわ。何があったのか、聞かせて頂戴」
「ありがとう。問題が起きたのは彼女の……リヴィアが率いる事になった新部隊の事なんだ」
ユナリアスの纏う気迫を取り違えたフリーディアが、意図していない方向へと舵を切りかけると、ユナリアスは慣れた様子で手際よくそれを制し、早速とばかりに本題へと斬り込んでいく。
そこからユナリアスがフリーディアへ語ったのは、新部隊の戦力が求められている域に達しておらず、錬成期間が必要だという嘘偽りのない真実だった。
この事実を、敢えてテミスではなく、ユナリアスからフリーディアへと伝えたのは彼女自身の発案で。
本来ならば、自らの率いる部隊の実情を報告するのはテミスの役割ではあったが、例えテミスが全くの同じ文言で報告をしたとしても、フリーディアはテミスの要求水準が高すぎるだけだと取り合わないのは目に見えていた。
だからこそ、テミスはさも怒りを堪えているような様子で後方に控え、ユナリアスが説明を担うことで、フリーディアに受け入れる余地を与えたのだ。
「そう……でもそれは、また貴女が無茶を言っているだけではないの? リヴィア。その為に選抜まで催したのだもの。基準設定から見直すべきではないのかしら?」
「ッ……!」
「待って下さい!! フリーディア様ッ!!! 違うんですッ!! 全ては……全ては我々の不甲斐なさ故のことなのです……!!」
ユナリアスの報告を聞き終えたフリーディアは、背後に控えるテミスへ静かな瞳を向けて、冷静な口調で言葉を紡ぐ。
しかし、ユナリアスが報告をして尚、フリーディアがその判断へ至るのはテミス達の想定内で。
事前に打ち合わせた通り、水を向けられたテミスは口を閉ざしたまま、ギラリと鋭い視線でフリーディアを睨み返す。
その直後。
ぶつかり合うテミスとフリーディアの視線の間に、ノルが叫びと共に割って入ると、俯いて固く歯を食いしばりながら言葉を紡ぎ始めた。
「この場に集った部隊の中で、我々はあまりにも弱い……!! それを痛感したからこそ私は奮起し、今回の新部隊へと加わりました。あの時、我々が精強であれば……!! あと一刻……いえ、半刻でもこの砦を守り抜く事ができれば……!! との思いを胸に……!!」
「ノル……。いいえ、それは違うわ。あなた達は良く戦いました。あの戦いは誇りこそすれど、決して後悔する事ではありません」
「それではいけないのですッ……!!!! 私達は敗北を喫した……無様にも部隊は壊滅し、フリーディア様がたの救援が無ければ全滅していたのは間違いありません」
「っ……」
「だからこそ。己を更に磨き上げるべく、志願した……のですが……!! 我々が全力全霊を尽くそうとも、ただただ遊ばれるだけに終わる始末……!! 一太刀すら、掠らせる事も叶いませんでした……!!」
そこから吐露されたのは、紛れもないノル自身の本心。
悔恨に苛まれているノルに、フリーディアも一度は慰めの言葉を口にするも、並々ならぬ悔しさを滲ませ、終いには涙すら流しながら絶叫したノルに言葉を呑んだ。
そして、そこへ追い打ちをかけるかの如く。
「フリーディア様……!! どうか……私たちに時間をくださいッ……! この砦を守る部隊の一員として、恥じぬ事ができる力を付けるための時間をッ……!!!」
がばりと勢い良く頭を下げたノルは、溢れる涙をそのままに、力の籠った声でフリーディアへ懇願したのだった。




