2010話 決意の告白
ざぁ……と。
テミスが思考に割いた僅かな時間。そこへ訪れた沈黙を押し流すように、一陣の風が吹き渡る。
今も尚、訓練に励んでいるユウキたちの剣戟の音は遠く、テミスたちの周囲を高まっていく緊張感が包み込む。
「っ……ぁ……! わ、私ッ!! ……も!! 訓練! 行きますね!! 失礼します!!」
「クス……。あぁ、怪我の無いようにな」
「は……はいッ……!!」
場が醸し出す雰囲気を鋭敏に感じ取ったのか、テミスに随伴していたリコは何故かビシリと姿勢よく挙手をしながら上ずった声をあげ、立ち去ったサキュドの後を追って駆け出して行く。
その背に、穏やかに微笑んだテミスが声を掛けると、リコは花が咲いたかのごとく満面の笑みと共に返事を一つ残して、テミス達の元を後にした。
「……彼女には悪いことをしてしまったかな。随分と気を使わせてしまったね」
「…………」
「空気の読める得難い人材だ。何処ぞの口喧しい騎士団長様にも見習ってほしいものだ」
「ふふっ……! 確かに、フリーディアなら絶対に、自分から席を外すなんて真似はしないだろうからね」
「別に、私はフリーディアが……などとは一言も言っていないがな?」
「むっ……!? 参った。これはしてやられたよ」
去っていくリコの背をチラリと視線で追ったユナリアスは、静やかな微笑みを浮かべておもむろに口を開いた。
だがその隣に立つノルは、ひと目見ただけでも分かるほど極度に緊張して、真一文字に口を噤んでいる。
故に。テミスは大仰な仕草で肩を竦めてみせると、皮肉気に口角を吊り上げて微笑みを浮かべて話を脱線させた。
ユナリアスもまた、テミスの意図を即座に汲み取ったのか、穏やかな笑い声をあげた。
そして、高まってしまった場の緊張感が僅かに緩んだ時。
「さ……ノル。どうしても怖かったら、私から話しても構わないよ?」
「ッ……!! いいえ……いいえッ……!! ですが……その……」
「大丈夫さ。私も一緒に居るから。ね……?」
「っ……!」
一瞬の隙をつくかのように、ユナリアスが本題へと話を進めると、奮起したノルは一歩前に進み出てテミスの前へと立つ。
しかし、奮い立った気迫は既に挫けてしまいそうなのか、脚をガクガクと震わせ始めると、ノルは目尻に微かな涙を浮かべてすぐにユナリアスへと助けを求めた。
それにコクリと頷いたユナリアスは、掬い上げるようにノルと手を繋ぐと、二人揃ってテミスの前へと肩を並べる。
どうやら、これから告げられる話という奴は、彼女たちにとって相応の恐怖と緊張を伴うものらしい。
とはいえ、何も知らないテミスとしては、ただ彼女たちが話し出すのを待つしかないのだが……。
「っ……! 意見具申を致します。ネルード公国への潜入攪乱作戦を提案します! 部隊練成の時間を稼ぎたいとお考えでしたら最適かと」
「ふむ……? 根拠を聞こう。道理ではあるが、時間稼ぎの為の作戦としてはあまりにも危険性が高く、採算が合わないように思うが?」
「ッ……! ぁ……その……っ……!」
「…………」
「ッ……!! ネルード公国は今、少々混乱が起きているようでして……。この混乱に乗じて潜入すれば危険性も少なくなりますし、この混乱を拡大させる事ができれば、かなりの時間を稼ぐ事ができると愚考……いたします」
ノルは怯え切った視線をテミスへ向けながらも、気丈にも僅かに震える言葉を紡ぎ切る。
途中で、テミスが問い返した時には言葉に詰まったが、傍らのユナリアスが黙したまま握った手を僅かに揺らすと、気を取り直して答えを返した。
だが、紡がれた根拠はテミス達ですら知る由もない、遠く離れた敵国の内情で。
恐らくは、それこそがノルたちがこれほどまでに怯え、緊張している原因なのだろうが。
それが真実であっても偽りであっても、テミスとしてはこの意見具申だけを聞いて判断する訳にはいかなかった。
「なるほど……? では、問おうか」
だからこそ。テミスはあえて静かな声で前置きをすると、しっかりと真正面からノルに向き合った。
ノルの覚悟はそういった類のもので。
またテミスがこれから投げかけようとしている問いもまた、気軽に紡ぐべきものではなかった。
「何故、お前がそのような情報を知っている? その情報は何処から得たものだ? そして……お前は何者だ?」
「っ……!! わ……私……は……ッ……!!!」
真剣なものであるが故に、テミスの発した問いは気迫すら帯びていて。
それを真正面からぶつけられたノルの目尻からは、ついにぽろりと一筋の涙が落ちる。
だが、ノルは零れ落ちた涙を拭うことすらなく、ガクガクと恐怖に身を震わせて、再び言葉を詰まらせた。
そして。
「ッ……! 私は、元はロンヴァルディアへ送られたネルード公国の諜報員です。ですがッ!! 今はユナリアス様に忠誠を誓い、ネルードへ流す情報はユナリアス様の指示に従っていますッ!!」
一拍の間を置いた後。
ノルは決死の表情を浮かべてテミスの顔を見据えると、恐怖に佩びた言葉で、しかしはっきりと己の出自を明かしたのだった。




