2007話 白刃鍛練
リコを伴ったテミスがユナリアスを連れ出したのは、テミス旗下の騎士たちが訓練に励む広場だった。
そこでは、武器を構えたサキュドとユウキが、それぞれに騎士たちの訓練相手を務めていた。
「ッ……!! 参るッ……!!」
「フゥ……」
キィンッ! と。
蒼鱗騎士団の鎧をまとった一人の騎士が、手にした槍で気合の籠った一閃を放つも、サキュドは退屈そうに携えた紅槍をクルリと一回ししただけで、軽々とそれを捌きいなしてみせる。
「クッ……!! まだッ!!!」
「…………」
「うぉぉぉぉッッッ……!! これならッ……!!!」
「ふぁ……」
それでも、鋭い突きをいなされた騎士は崩れかけた姿勢を歯を食いしばって立て直し、即座に突き出した槍を手元へ引き戻すと、今度は横薙ぎに払って一撃を狙う。
だが、放った一撃は無造作に構えられた紅槍によって再び阻まれ、その刃を届かせるどころか、空中に浮かぶサキュドを微動だにさせる事すら叶わなかった。
しかし、今度は薙ぎ払いの一閃が通じない事も織り込み済みだったのだろう。
騎士は猛々しい咆哮と共に身を捩り、巻き取るようにして構え直した槍を以て突きを乱れ撃つ。
一見すれば、粗削りではあるものの確かな猛攻。
けれど、サキュドはあろう事か小さく欠伸を浮かべながら紅槍を振るい、繰り出される騎士の突きを悉く叩き落してしまう。
そして。
「……そこ」
「ガッ……ァ……ッ……!!?」
突如サキュドが気だるげに口を開いた刹那。
閃いた紅槍の石突が、どずりと騎士の鳩尾を穿った。
その強烈な一撃を喰らった騎士は、苦悶の声を漏らしてその場で槍を取り落とすと、突かれた鳩尾を押さえて悶絶する。
「攻めに意識を割き過ぎ。隙だらけよ。あと、がむしゃらに突くにしても、もう少し狙いなさい。今の連打だけでも十三、躱す必要すら無い攻撃があったわ」
「ガハッ……ゲホッ……!! は……はいッ……!! あ……りがとう……ござい……ます……」
「……次」
悶え苦しむ騎士を見下ろしたサキュドは、冷ややかな口調で騎士との打ち合いを評した。
激しく咳き込みながらも、一言一句を聞き逃すまいと顔をあげた騎士は、サキュドの助言を聞き終えるや否や、途切れ途切れに礼を告げて、ドサリと崩れ落ちる。
だが、騎士が押さえていた腹からは血は流れておらず、サキュドも倒れ伏した騎士から早々に視線を外すと、ただ一言だけ言葉を紡ぐ。
その視線の先には、抜き放った剣を構えたノルがいて。
「ノル……!」
「お願いしますッ……!!」
既に何度も打ち伏せられているのだろう。
汗と泥にまみれたノルの姿に、テミスの傍らで息を呑んだユナリアスが掠れた声で言葉を零すが、その声を打ち消すかのように紅槍と剣が打ち合わされた。
「セァッ……!! ッ……!! テェェッ……!!」
「…………」
一撃、二撃、三撃……と。
ノルはユナリアスの動きによく似た型で剣を振るうが、どの斬撃もサキュドに通じることはなく、ノルの放った全ての斬撃はまるで吸い込まれるかのように、紅槍に阻まれてしまう。
それでもしばらくの間、ノルの猛攻は止まることなく続き、反撃を加える事無く防御を続けるサキュドと、剣戟の音を奏で続けた。
「くっ……! ハァッ……ハァッ……!!」
しかし、いくら反撃が加えられないといえど、激しい連撃を続けていれば自ずと体力は削られていく。
最初は猛々しい勢いを以て振るわれていたノルの斬撃は次第にキレを失い、精緻に整っていた刃筋もブレはじめる。
疲弊による逃れ得ない隙。
サキュドがそれを見逃すはずも無く。
「…………」
「チェリィヤァァァァッ……!」
反撃の一撃を加えるべく、僅かにサキュドの構えが変わった刹那。
裂帛の気合の籠った咆哮をあげたノルは、高々と振り上げた剣を一直線に振り下ろし、そのままギリギリと鍔迫り合いの形へと持ち込んだ。
だが、紅槍と剣がギシギシと音を立てて尚。酷く退屈そうなサキュドの表情が変わる事は無く、無感情な瞳がノルを見上げていた。
「ま……悪くは無かったわ」
「ウッ――!?」
瞬間。
サキュドはボソリと呟くと同時に、ノルの剣を受け止めた格好のまま、自身の身体を軸として槍を薙ぎ払う。
剣を振り下ろしているノルにそれを防ぐ術はなく、サキュドの放った槍の穂先は、死神の大鎌が如くノルの首筋へと迫っていった。
「ん……!」
「ッ……!!!!!」
直後。
響くはずの無い金属音が響き渡り、無表情だったサキュドの眉がピクリと跳ねる。
ノルの首筋に添えられるはずであった紅刃は、途中でノルが突き入れた手甲に阻まれ、バヂバヂと火花をあげていた。
「せめて……一撃ッ……!!!」
「…………」
止めの一撃を防いだ今。
いなされて振り抜いたノルの剣は自由となっており、対してサキュドの槍は構え直されてはいない。
訪れた千載一遇の好機に、ノルはギラリと瞳を輝かせると、振り抜いた剣を素早く逆手に持ち替え、一気に切り上げてサキュドを狙った。
「悪くは無い根性だわ。ねぇ……エイヴィア様? いかがでしたか?」
そんなノルの渾身の一撃を、サキュドはパシリと剣の柄頭を掴んで受け止めてみせると、意味深な微笑みを湛えながらキロリと視線をテミスへと向け、艶やかな声で問いかけたのだった。




