2005話 感情の矛先
翌朝。
テミスは、おおよそその数を約半数までに減らした応募者たちの前に立ち、凛とした表情で彼等を睥睨する。
昨日の試験では、リコより後からパラディウム砦まで到着できた者は居らず、テミスとユウキは戻る道すがらに力尽きた応募者たちを回収しながら、気を失ったリコを担いで仮拠点へと戻ったのだ。
「諸君。本日ここに呼び出した君たちには、追って新設される独立遊撃部隊への転属命令が下される事になるだろう」
ざわ……と。
ゆっくりと話し始めたテミスの言葉に、集められた応募者たちは互いに顔を見合わせて動揺を露にする。
だがそれも無理は無い話で。
ここに集められた者達は皆、いずれもパラディウム砦へと向かう途中で力尽き、戻ってくるテミスに回収された者たちなのだ。
試験目標を達成できなかったが故に失格。
これが普通の試験であれば、至極当然な考え方だ。
「疑問に思う者は多いやもしれん。だが、それが貴官らの資質であったと考えろ」
だが、テミスは言葉を続けながら、僅かな苛立ちを込めて小さく鼻を鳴らす。
そう。ここへ集められた応募者の数は約半数なのだ。
残りの半数は今、フリーディアとユナリアスに失格を告げられ、懲罰として二人の監督の元で、道中に置き去りにされた資材の回収にあたっている。
何故なら。
ここに集められなかった者達はいずれも、途中で諦めて引き返した者達だ。
つまるところ、上官の命令を無視して任務を放棄した事になる。
逆説的に論ずるのならば、今テミスの前に居る者達は、如何に困難な任務であっても途中で投げ出す事をせず、力尽きて尚も達成を諦めなかった者達なのだ。
「だが慢心するな。今回の試験では二人、見事に砦で待つ私の元まで辿り着いた者が居る」
参加者たちの間に漂う困惑が、嬉色を帯び始めたのを察知したテミスは、まるでその心を叩き折るかの如く、力を込めて告げる。
瞬間。緩み始めていた参加者たちの空気が再び引き締まり、僅かにざわめき始めていた場が再び静寂を取り戻した。
任務を放棄しなかったとはいえど、それはあくまでも必要最低限の条件で、達成した者の方が優れているという事実に変わりはない。
「ユウキ。リコリシア。来い」
「はぁいっ!」
「……っ! ハイッ!!」
一拍の間を置いた後。
大きく息を吸い込んだテミスが名を呼ぶと、整列していた参加者たちの中から二人が歩み出る。
瞬間。収まっていたどよめきが再び沸き起こり、参加者たちの視線が歩み出る二人……主にリコへと集中した。
そんな中を。ユウキは気負いなく楽し気に。リコはひと目見ただけでも分かるほど、緊張に身を固くしながらテミスの傍らに並び立つと、クルリと身を翻して参加者たちと向かい合う。
「……まずは、二人の健闘を称えて拍手を」
「あはっ……! いやぁ……ありがとう! ありがとうっ……!」
「っ……! ぅぅっ……!!」
羨望と嫉妬の視線が向けられているのを認識しながらも、テミスは静かに口を開くと、自らも手を叩いて二人を讃え始める。
それに倣い、参加者たちも僅かに遅れて手を叩きはじめ、ユウキはそれに応えるかのように満面の笑みを浮かべて手を振り返すが、一方でリコは酷く恐縮して肩を縮こまらせていた。
「さて……今の諸君らの心の内は、私とて理解しているつもりでいる」
しばらくの間続いた拍手も、テミスが手を止めるとしだいに収まり、声を発した時には完全に止まっていた。
その意味を理解したうえで。
テミスはにんまりと不敵な微笑みを浮かべて参加者たちを見渡すと、大仰に溜息を吐いて言葉を溜めた。
ユウキは元より勇者で、この間の戦いで見せた功績も記憶に新しい。
だがリコは、元は戦う力に乏しい旗手を担っていた者だ。
精神的にも肉体的にもある程度は成熟している白翼騎士団の同胞であれば兎も角、少なくない嫉妬の目がリコへ向けられているのは当然と言えば当然の事で。
しかしテミスとしても、成果を出した者が不当に貶められるなど許す訳にはいかず、ガツンと軍靴の底を打ち鳴らしてから、胸を張って言葉を添える。
「諸君が今、胸の内に抱いているであろう感情は、己を磨くための砥石とするんだな。尤も、諸君らは一度鍛え直すつもりではあるが……。私の旗下に、己のために他者を嵌め、足を引っ張る者は居ない。意味は……わかるな?」
周囲の気温が一気に下がったかと錯覚するような殺気と共に、テミスは腰に提げた刀の鞘に手を這わせながら、参加者たちを見据えて問いかけた。
そんなテミスの問いに答えを返す者こそ一人として居なかったものの、整列した参加者たちは、直立不動の姿勢で身を強張らせていたのだった。




