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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第30章

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2003話 意志の力

 これ以上の試験の続行は不可能。

 難易度を落して再設定をする必要がある。

 そう判断したテミスが、ゆっくりと山道の方へと踵を返し始めた時。


「っ……!?」


 ざくり…………ずりり…………。と。

 一歩一歩の歩みは酷く重く、加えて何かを引き摺っているような音を響かせながら、一つの人影が山道の入り口に姿を現していた。

 身に着けた装備は汗と血と汚れにまみれており、意識も定まっていないのか表情は虚ろで、一歩づつ着実に刻んでいる歩みもおぼついていない。

 それでも、担ぎ上げた資材は手放しておらず、頼りなく揺れるリコ身体に合わせて不気味に揺らいでいる。

 けれど、テミスがその姿を見紛う事は無かった。


「ッ……!!? リコ……!? 辿り……ついた……のか……?」

「…………」


 僅かな逡巡の後。

 姿を現したリコへ駆け寄りながらテミスは彼女の名を呼ぶが、リコが反応を示す事は無く、フラフラと一定のリズムでひたすらに歩き続けた。

 その何処か気迫すら纏っているリコの姿に、テミスは思わず足を止め、彼女が傍らを通り過ぎていくのを視線で追いかける。

 ここで彼女の歩みを止めさせてはいけない。

 理性が今すぐに救護をすべきだと叫ぶ傍らで、その叫びに従って動かんとするテミスの身体を、本能が強固に呼び止めていた。

 今ここでリコに手を貸してしまえば、今まで彼女が死に物狂いで積み上げてきた努力に泥を塗る事になってしまう。


「ッ~~~~!!!!」

「っ……! あれ? もう誰か来たの――って……わぁっ!?」


 固く歯を食いしばると、本能の叫びに従ったテミスは、クルリと身を翻して元居た砦の前へと駆け戻った。

 その途中で、まだ地に背を預けていたユウキが漸く異変に気が付いたらしく半身を起こすと、ユウキはそのまま傍らを駆け抜けたテミスを躱す形で地面を転がり、リコの進路から大きく外れる。


「が――ッ……! っ……!!!」


 がんばれ。と。

 ゴール地点で仁王立ったテミスは、ヨロヨロと進み続けるユウキを振り返ると、激励の叫びをあげかけた。

 だが、すんでの所で思い留まって無理矢理に言葉を飲み込み、かわりに祈るような気持ちで固く拳を握り締める。

 これは私の課した試験で、彼女が挑んだ試練なのだ。

 ならば、試練を与えた私が今為すべき事は、未だ道半ばのリコへと激励の言葉をかける事ではない。

 ただその時が来るまで、ひたすら見守り続ける事。

 彼女に試練を課したものとして、ただ彼女の成果を見届ける事だ。


「…………」

「ァッ……!!!!」

「あぶなっ――!? ぉぉ……と……と……ふぅ……」


 瞬間。

 新たな一歩を踏み出したリコの姿勢がガクリと前へ大きく傾ぎ、担ぎ上げた資材ごとあわや地面へ吸い込まれかける。

 満身創痍のリコは、いつ崩れ落ちても不思議ではないが故に、この時ばかりはテミスも叫び声をあげながら地を蹴りかけるも、地面が足の形に僅かに沈み込んだところで動きを止めた。

 その傍らでは、再び身を起こしていたユウキは一歩飛び出すが、大きく体勢を崩しながらも踏み止まったリコの姿を見止めると、慌てて足を止めた。

 自身の体重をも越える資材を担いだまま転びでもしてしまえば、きっと無事では済まないだろう。

 リコはこんな所で怪我をされて失うには惜しい人材だ。

 もう良い。もう十分だ。よくやった。

 踏み止まったままガクガクと震えるリコの脚に、喉元までせり上がってきた言葉が、テミスの唇から零れそうになった時だった。


「頑張れェッ!! もうちょっとだよッ!!!」

「っ……!」

「ユウキ……」


 傍らから力強い声援が響き渡り、虚空を見つめていたリコの瞳に光が戻る。

 その声援は、テミスが送りたくとも送る事ができなかったもの。

 けれど、同じ試練を受けた側であるユウキならば、声を大にして伝える事ができた。


「あ……と……少しッ……!!!」


 ユウキの声援で完全に意識を取り戻したリコは、固く食いしばった歯の隙間から掠れ切った声を漏らすと、崩れかけた体勢を渾身の力で立て直して更に一歩歩を進めた。

 爛々とその瞳に輝く意志の光。そして満身創痍の身に纏った気迫は、目前で待ち構えるテミスの肌をビリビリと焦がす程の力を纏っていて。


「フッ……」


 どうやら私はリコのことを、随分と見くびっていたらしい。

 テミスはクスリと小さく頬を緩め、自身の中に在ったリコの評価を改めた。

 以前に共に戦場を駆けた時から、戦えはしないものの根性がある奴だとは思っていた。

 しかし、まさかこれ程まで強い意志を発揮できるのであれば、この先化けるのは間違いないだろう。


「ァ……」


 しばらくの間。

 ユウキの声援と、固唾を飲んで見守るテミスの視線を受けてリコは歩を進め、遂にテミスの待ち受ける指定地点へと辿り着いた。

 けれど、既に限界など通り越していたリコの足は止まらず、そのままぽすりと柔らかな音を立てて、テミスの胸へと飛び込んでいった。


「リコ。到着だ。よくやったな」

「え……へへ…………。やっ……た……ぁ……」


 そんなリコをテミスは柔らかく微笑んで受け止めると、穏やかな声で、万感の思いを込めて労いの言葉をかける。

 その言葉に、リコは満面の笑みを浮かべて答えた直後。

 ぷつりと糸が切れたかのように、意識を失ってテミスの方へと倒れ込んだのだった。

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