1999話 手繰る縁
テミスの独立部隊の募集開始から三日。
体調の戻り始めたテミスは、辛うじて杖が無くとも歩く事ができるようになっていた。
加えて、先日は第一陣の物資が届き、仮拠点も軍港もバタバタとした忙しさの只中にある。
そんな中。
「……なんだ。コレは」
眼前に差し出された十を超える紙の束を前に、テミスは表情を引きつらせながらうめき声をあげる。
視線の先には、名前と現在の所属、そして各々が書き連ねた自らのアピールポイントが記されており、中には裏までびっしりと熱意を書き連ねて来た奴まで居るらしい。
「あなたの部隊へ加わりたいという騎士たちが提出してきた志願所よ。心して、しっかりと目を通す事ね」
「この書類のほかにも、口頭で私たちに意思を表明してきた者が数名居るね。募集を締め切る間際に来た子たちも多かったから、いまこちらで書類にまとめている所だよ」
「フゥム……」
複雑な面持ちを浮かべるフリーディアとユナリアスを尻目に、テミスは小さく息を吐くと、まとめられた書類を手に取って目を通していく。
今回の募集は多少の差異はあれど、ロロニア旗下の湖族、フリーディア旗下の白翼騎士団、ユナリアス旗下の蒼鱗騎士団とほぼ同時に報せたのだが、こうして改めて確かめてみると、応募してきた者の数は湖族が一番少なく、次に白翼騎士団と続き、応募の大半は蒼鱗騎士団の者達で占められていた。
「面倒臭い。なんだか……厭になってきた」
「テミス? いくらなんでも、ここまでやっておいて今更それは許さないわよ?」
「わかっているから噛み付くな。気分の問題だ」
ポツリと零したテミスの愚痴に、フリーディアが目尻を吊り上げて窘める。
なんでもフリーディア曰く、テミス率いる独立部隊の噂は、良い方向悪い方向共に様々な憶測を呼んでいるらしく、その所為でここ数日はピリピリと神経をとがらせている有様だ。
だが、注目度が高いという事は即ち、物見遊山気分であったり、腹の中に別の思惑を抱えている者であったりも混じってくるという訳で。
そんな者はただ、面倒だという感想の一言にしか尽きないのだ。
「……正直。そもそも、戦力だとか剣の腕だとかを期待している訳ではないんだがな」
ペラペラと志願書を捲り、書き連ねられた文言を眺めながら、テミスは素直な感想を漏らす。
戦力の面で言えば、旗下にサキュドやコルカたちが入る時点で、今更木っ端の騎士達が加わった所で大きく変わりはしない。
だからこそ、テミスたちの足についてくる事ができるだけの体力や、それが尽きてなお、食らい付いて来ることの出来る根性のほうが、よっぽど重要だったりする。
更に言えば、テミスの腹案である酒場の事を加味すると、剣の腕を誇るよりも調理の腕を誇ってくれた方が、よっぽど食指が動くというものである。
「やれやれ……ン……? おい、ユナリアス。これは……構わないのか?」
そうして志願所を捲っていく中で、テミスはふと一枚の志願書を見止めて手を止めると、思わずユナリアスへと声を掛けた。
テミスが手を止めた書類は、他でもないユナリアスの副官であるノルの名が記されていたのだから。
「あぁ……ノルの事かな? 本人の希望だからね。構わないよ。こちらに来てからは、副官らしい仕事もさせてあげれていないから、少し心苦しくもあったんだ」
「そう……か……」
どうやら、二人の間では事前に話が付いているようで、ユナリアスは穏やかな微笑みを浮かべると、テミスに答えを返す。
尤もテミスとしては、ユナリアスがそう決めているのならば異論を挟むべくもなく。
確かに事実として、この島ではフリーディアとユナリアスが互いに補い合いながら執務をこなしているお陰で、彼女たちの副官であるカルヴァスやノルが側についている姿をあまり見た記憶が無い。
「特記事項として、ユナリアスを交えての面談を希望……か」
「あぁ。それについては、君が彼女を旗下に迎え入れると決めてから話すよ。積もる話という奴だからね。察して欲しい」
「フ……了解だ」
自らの副官というだけあって、少なからず贔屓目もあるのだろう。
ユナリアスはテミスの言葉に捕捉を加えると、何処か意味深な視線を注いでくる。
だが、テミス自身がそうであるように、ヒトなど誰しも喧伝して回るような事ではない事情の一つや二つくらいは抱えているもので。
たかだか臨時の部隊を組むだけの間柄で、わざわざ律儀にもその辺りの事情を明かす必要など無い程度には、テミスは軽く考えていたのだが。
ひとまずは有力候補である事に変わりは無い。
そう心に留めて、テミスが次の志願書を検めるべく捲った時だった。
「ン……ゴフッ……!?」
直後に飛び込んできた、デカデカと元気いっぱいにかかれた文字に、テミスは堪え切れずに噴き出してしまう。
その書類は紛れもなく。
現在は白翼騎士団に仮所属しているユウキのもので。
ほとんどが騎士らしい堅苦しく真面目な文章で構成されていた志願書の中で、彼女の寄越した書類はひときわ異彩を放っていたのだった。




