187話 命の意味
「いや~……それにしてもいい町ですね。道もすごく綺麗ですし……驚いちゃいましたよ」
昼過ぎ。マーサの作る昼食を食べた後、テミスとフリーディアはマグヌス達の元を訪ねると言うミュルク達と別れ、フィーンと共にファントの町を練り歩いていた。
「……驚いた?」
「えぇ、もっとこう……おどろおどろしいモノを想像していましたから」
そう言うと、フィーンはカメラらしきものを辺りに向けると、カシャカシャと言う音を鳴らし、上機嫌に鼻歌を口ずさんでいた。
「きっと、何か特別な事をされたのですよね? その辺りをお聞きしても?」
「……特別な事?」
フィーンはクルリとテミスの方を向き直ると、ニンマリとした笑みを浮かべて問いかける。
確かに、決定権が軍団長一極に集中していた組織を組みなおしはしたが、基本的に骨子は同じ……町としての機能や景観は変わって居ないはずだ。
「それに、町も活気があって素晴らしいです! 貧民街も見当たりませんし……どんな施策をされたのです?」
「いや。私は特にこれといえる程の事はしていないが……ああ、なるほど。確かに私が初めてこの町を訪れた時も、同じような感想を抱いたよ」
テミスはフィーンの姿を見て、ふと以前の記憶が蘇る。
そう。確かあれは私がイゼルからの旅路でこの町に辿り着いた時だ。初対面のバニサスが、笑いながらも誇らし気に歓迎してくれたのだったな。
「……というかフィーン。他の町も見て来たのだったら、何処もこんな具合ではないか?」
「へっ……? 人間領の町はテミスさんも知っての通りですが……?」
「いや。そうでなくて……」
テミスとフィーンが互いに首を傾げ合っていると、それまで静かに私たち二人の後ろをついてきていたフリーディアがクスクスと笑い声をあげた。
魔王領の町は歩く者の姿形は変われど、街並みはどこもこんなものの筈だ。彼女の情報収集力ならば、前戦を越えてそこらの町に潜り込んでいても不思議ではないのだが……。
「フフフ……テミス。勘違いをしているわよ? あと、フィーンも」
「勘違いだと?」
「勘違いですか?」
フリーディアの台詞に返した二人の言葉が重なり、その視線が彼女へと注がれる。
「ええ。まずはテミス……フィーンは確かにフットワークも軽いし実力もあるけれど、基本的にはロンヴァルディアに居るわ。少なくとも、前戦を越えた事は無い筈よ?」
「なに……? それは本当か?」
「えぇ。流石の私でも、絶賛戦争中の敵領に赴く勇気はありませんよ。こうして確かなコネクションができたからここに居ますが……命を捨てる気はありません」
驚いたテミスが視線を向けると、苦笑いを浮かべたフィーンがコクリと頷いた。
彼女ほど隠密能力に優れた者が、軍上層部の人間の秘密を握るくらいの好奇心を持てば、前戦を越える事など厭わないと思ったが……。
「そしてフィーン。テミスの言う通り、魔王領の町はどこもこんな雰囲気よ。少なくとも、私の見た王都やその道中の町はね」
「っ……!! なんとも信じがたい話です……フリーディア様の言葉であっても、こうして実例を突きつけられなければ信じていなかったと思いますよ……」
フィーンはそう呟くと、どこか放心したような顔でフリーディアに笑みを向ける。
楽し気に写真を撮っていた手も止まり、口の端からはやはは……。と微かに笑い声が漏れていた。
「まぁ、治安が良いとは言っても、こうして多く旅人を迎えていると少なからず面倒事は起きるがな。この間も、魔族の旅人が強盗紛いの事をやらかしていた。我々も無いようにと力を尽くしてはいるものの、やはり見えていない部分も少なからずあるだろう」
そう言うと、テミスは力なく笑みを浮かべながらフリーディア達に先日の事件を語って聞かせた。あれも偶然私が通りかかったから良かったが、あの場に居合わせなければ雑貨屋の少女は泣き寝入りをしていたはずだ。最悪の場合、怒りで我を失ったあの親父が、この町から出て行ってしまう可能性もある。
「へぇ……そんな事をしてまで手に入れたい剣か……。少し気になるわね」
「おっ! ではではこの足で見に行きましょうっ!」
「……流石にお前に武器を売るのは気が引けるんだが……」
その話に興味を示したフリーディアに、テミスは眉をひそめて言葉を濁す。
いくら何でも、同胞を切ってまわっているフリーディアが、この町の剣を使っていてはコトだ。
「馬鹿ね。冒険者として、興味があるのよ。この剣までとは言わなくても、ある程度の代わりがあれば、毎回こうして隠さなくて良くなるわ」
「なるほど……ね……なら、こっちだ」
そう言ってフリーディアがボロ布でぐるぐる巻きに隠された腰の剣を示すと、テミスは難色を示しながらも雑貨屋に向けて歩き始める。確かに、こちら側にも人間の冒険者は沢山居るし、事実。この町に逗留している冒険者連中の何人かは、あの店の武具を愛用していると聞く。
「店までは少し距離があるが……フム。そちらの近況はどうなんだ?」
「そうね……残念ながら、貴女の期待しているような出来事は無かったわ。彼の席はまだ空席だけど……」
路地を歩きながらテミスが訪ねると、フリーディアが悲しそうに目を伏せて答える。どうやら、ヒョードルの奴も多分に漏れず、替えの効くただの部品だったらしい。
「だからこそ……あれ程までに奴は特別な者を望んで居たのかもしれないな……」
「あー……でも、ある意味でテミスさんが気に入りそうな話題ならありますヨ?」
少しだけ物憂げな顔でテミスが空を仰ぐと、一転して顔を輝かせたフィーンが笑みを浮かべて口を開く。
「女神教……でしたっけ? 何やら、正義の女神アストライアとやらを崇める連中が最近、幅を利かせていますね」
「女神……だと?」
「っ……」
何気なく放ったフィーンの言葉に、テミスの目が一気に刃物のように鋭いものへと変わる。同時に、フリーディアの手がピクリと動くほどの雰囲気が、テミスの体から漏れ始める。
「はい。ですが正直眉唾ものかと。軍上層部にも信奉者は多いみたいですが……私個人としては、軍自体が出所だと睨んでいます。その辺り、どうなんですか? フリーディア様?」
「えっ? えぇ……彼等の事は知っているけれど……それは私も同意よ。そんな話は聞いていないけれど……ホラ。私達は前の件で避けられてるから、そう言った話は入って来づらいのよ」
「…………」
偶然……か? フリーディアの言葉を聞きながら、テミスは一抹の疑念が心の中に芽生えたことを自覚する。
アストライア……。あの世界では、しばしば創作作品で語られていた存在だ。その司る権能は正義……。そして、女神と繋がるならば、嫌が応でもあの女神の顔が目の前に浮かんでくる。無論。今まで死者を転生させていただけだった奴が、今更直接干渉してくるとも思えないが……。
「……まぁ、良いか」
テミスは一言呟いて思考を断ち切ると、不思議そうな目で自らを見つめるフィーン達の目に気付かぬまま、雑貨屋へ向うべく歩を進めたのだった。
2020/11/23 誤字修正しました




