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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第30章

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1992話 温もりと安堵

 目を覚ましたフリーディアが血相を変え、指揮所の天幕へと駆け込んできたのは、テミスが執務を始めてから数時間が経った頃の事だった。

 その時には既に、フリーディアやユナリアスによる直接の決済が必要な書類や、ロンヴァルディアという国自体や貴族社会の深くに関わるが故に、テミスが触るべきではないと判断した書類以外は、ほとんどがテミスの手によって処理が終わっていた。


「ユナリアスッ!!! ごめんなさい!! 私……テミスがッ……! テミスがッ……!!」


 息を切らせて掠れ声で叫ぶフリーディアを前に、テミスは目の前に広げていた仮拠点の改築案の書類に走らせていたペンを止めると、湿度の高い呆れたような視線を向け、溜息まじりに口を開く。


「おい。指揮所とはいえここは天幕の中だ。その名で私を呼んで困るのはお前達の方だろう?」

「ッ……!?」

「先に言っておくが、苦情は受け付けんぞ。私にお前を起こす義務は無い」


 ユナリアスが座っているはずの席に着いたテミスを見止めたフリーディアは、言葉を失って驚愕に目を見開き息を呑む。

 けれど、テミスはフリーディアの反応を歯牙にもかける事は無く、片目を吊り上げて淡々と言葉を続けた。

 だが、次の瞬間。


「そんな事よりッ!! 怪我は……!? 傷はッ……!!」

「っ!?」

「……温かい。血は……出ていないわね。よかっ……たぁ……」

「…………」


 まるで戦闘中であるかのような迅雷の如き素早さを以て、フリーディアは一直線にテミスの元へと駆け寄ると、ペタペタと確かめるように優しく体を触りながら、服を捲り上げて傷を確かめる。

 そしてテミスの身体の無事を確認すると、心からの安堵が籠った息を長く吐き出しながら、ペタリとその場に座り込んでしまう。

 ユナリアスから聞き出した話から、フリーディアが責任を感じているであろう事は察していたテミスであったが、それがここまでとは想定外で。

 いつもならば皮肉の一つでもくれてやるところのはずなのに、どうにも言葉が出て来なくて、テミスは間近でへたり込んだフリーディアを眺めながら、ただ目を瞬かせる事しかできなかった。


「っ~~~!! 貴女、自分がどんな状態だったのかわかっているの!? やっと目が覚めたばかりなのに出歩くなんて信じられないッ……!! 早く! すぐにベッドに戻りなさいッ!!」

「落ち着け。問題無い。少しばかり血を流し過ぎただけだ」

「少し!? 少しですってッ!? 温めても温めても、ずっと信じられないくらいに身体は冷たいし、顔色も真っ白で血の気が無くて……私が……どれだけ心配したと――ッ!!」

「フッ……」


 大きな瞳に一杯の涙を溜めて語るフリーディアに、テミスはクスリと微笑みを浮かべると、その唇へ静かに指をあてて黙らせる。

 心配するも何も、そもそもお前がベッドから無理やり引きずり出さなければ、倒れずに済んだのだがな‥‥‥。と。

 衝撃が過ぎ去ったお陰で、調子を取り戻したテミスの胸中にはいつも通りの皮肉が思い浮かぶが、虚勢を張る余裕すらない事が窺えるフリーディアの様子に、わざわざ傷口に塩を塗り込んでやることもあるまいと思い返し、口から零れかけた言葉を胸の奥へと呑み下した。


「……心配ない。この通り……私は大丈夫だ。なっ……?」

「ッ……!!! うっ……! うぅぅっ……!! っ~~~~!!」

「っ……!?」


 テミスがゆっくりとした口調で、幼子へと言い聞かせるように言葉を紡いだ時だった。

 うるうると涙を湛えていたフリーディアの瞳からポロリと一筋の涙が零れ、その一滴が呼び水となったのか、次々と溢れ出てくる涙を堪える事ができないようで、フリーディアはボロボロと大粒の涙を流して泣き始める。

 だが、嗚咽をあげ始めると同時に、フリーディアは自らの唇へとあてがわれたテミスの手を両手で縋るように掴んでいた。

 故に。あまりの気まずさ故に逃れかけたテミスだったが、しゃくりをあげて泣き始めたフリーディアの手を無碍に振り払う事も出来ず、眉根に深い皺を寄せて天幕の天井を仰ぐ。


「あったかい……!! テミスの手……あったかいよぉ……。グスッ……生きてる……良かった……よかったぁ……っ……!!」

「…………」


 しかし、よほどの後悔と責任に苛まれ続けていたのだろう。

 フリーディアは泣き崩れたまま、握り締めたテミスの手を離す事は無く、安堵の涙を流して咽び泣きながら、心の内から溢れた言葉をひたすらに紡ぐ。

 そんなフリーディアを前に。

 どう言葉をかけて良いかもわからず、困り果てたテミスはフリーディアに己の手を貸したまま、まるで助けを求めるかのように、ユナリアスの休んでいる仮眠スペースへと視線を向けたのだった。

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