1990話 想いの形
適当な騎士を捕まえたテミスは、迅速に指示を出し指揮所の天幕の内に、衝立代わりの布で仕切った仮眠スペースを設えた後、指揮所の天幕の最奥の席へと腰を下ろし、ユナリアスのまとめた書類を読み込んでいた。
曰く。
パラディウム砦再建の足がかりとして、まずはこの仮拠点を設置した廃村の整備を整える方針らしい。
既に大まかな段取りは定められており、一度フォローダへ戻ったモルムスがノラシアスの認可を取り次第、計画が動き出す算段となっている。
「この場所は砦の再建後も、駐留地として使う予定になっているんだ」
「フム……悪く無い案だろうな。拠点として設えたとはいえ、いざ攻め込まれた時のことを考えると、この場所は防御には向いていない。以前の侵攻時にも、標的として定められなかったからこそ無事であっただけで、現状も狙われてしまえば相当危ういからな」
草案をまとめたらしい書類へ目を通すテミスに、傍らのユナリアスがすかさず説明を添える。
そこに記されていたのは、何処かファントを思わせるような防壁を備えた要塞拠点で。
如何に戦時中とはいえ、砦を再建するまでの拠点としては、些か豪華すぎるように思えたのだ。
だが……。
「良かった……キミにそう言って貰えると私も嬉しいよ。特に、この防壁はフリーディアの案でね、不落を誇るファントの物を模したと言っていたよ」
「…………」
「テミス殿?」
「あ~……まぁ、その……何だ……。天幕暮らしを抜け出せると考えれば良いことだろうな。ロロニア達やここに居ない騎士連中も、いつまでも船で寝泊まりするのは辛いだろう」
テミスが全ての感想を述べ切る前に、表情を輝かせたユナリアスは声を弾ませて言葉を続けた。
しかし、その防壁についてこれから酷評を述べんとしていたテミスは言うべき言葉を失い、苦笑いを浮かべながら話を逸らす。
けれど、テミスの微妙な表情の変化に気付かないユナリアスではなく、すぐに表情を引き締めたユナリアスは、真っ直ぐにテミスを見据えて問いを発した。
「意見があるのならば聞かせて欲しい。もちろん、私達を慮る事は無いよ。忌憚のない批評を頂きたい」
「……ならば、言わせて貰うが、防壁は最小限、かつ目立たないものにすべきだろう」
「理由を聞かせて貰っても?」
「誤解の無いように結論から言うぞ? 率直に言って無意味だからだ」
「無意味……!? だ、だが……フリーディアの話では、ファントの防壁は、これまで幾度も敵を退けていると聞いているけれど……」
「あぁ。だがそれはあくまでも、ファントがファントであるからだ。そうだな……」
今のフリーディア達の状態を鑑みるのならば、あまり酷な評価を下すべきではないだろう。
そう理解しているが故に、テミスは慎重に言葉を選びながら事実を告げると、ユナリアスは動揺に目を見開きながらも説明を求める。
だがテミスには、フリーディアやユナリアスの心を傷付ける事無く、それを説明できる術はなくて。
時間稼ぎにあたり障りのない枕詞を挟んで少し考えた後、テミスは小さくため息を吐いて配慮を諦めると、ゆっくりと口を開く。
「まず、相対する敵が違う。ファントは陸上であるが故に歩兵が主だが、ここは湖に浮かぶ島。敵は戦艦。この拠点を狙うならば、まず間違いなく攻撃手段は砲撃だろう」
「そうだね。君たちが助けに来てくれた時、パラディウム砦に仕掛けられた攻撃も艦砲射撃だった」
「ならば、いくら堅牢な防壁を築き上げた所で、射角を付けた榴弾なんかを内側に叩き込まれてしまえば意味をなさない」
「っ……!!」
「付け加えるのなら、ファントの防壁はサキュドのような空を飛べる者たちや、コルカたち魔法使いのような高火力の遠距離攻撃を持つ者が揃っているからこそ堅牢なのだ」
「なるほど……理解したよ。場所が違えば戦い方も異なる。いくらファントが堅牢だからといっても、ただそれを真似ただけでは意味が無いという事だね……」
テミスの指摘は、フリーディアの発案を嬉しそうに告げていたユナリアスにとっても、痛みを伴うものであっただろう。
けれど、ユナリアスはテミスの指摘の意図を正しく汲み取ると、噛み締めるように深く頷いてみせた。
「……ともあれ、現状は把握した。私の改修案も含めてまとめておくから、ユナリアス。お前はいったん身体を休めろ」
「し、しかしっ……!」
「折角用意させたんだ。良いから、私に任せて休め。嫌だというのなら、無理にでも寝かしつけてやるが?」
「わ、わかった! わかったから立ち上がらなくて良い。キミの厚意に甘えさせて貰うからっ!」
ユナリアスから説明を聞き終えたテミスは、話に区切りをつけるかのように一息を吐いてから、指揮所の天幕の片隅に用意させた仮眠スペースを指して淡々と告げる。
だが、それでも抵抗を見せた為、フラリと身体を傾がせながらテミスが立ち上がると、ユナリアスは大慌てで身を翻して仮眠スペースへと歩を進めた。
「けれど、キミも目が覚めたばかりなんだ。お願いだから無理はしないで欲しい」
「クス……了解だ」
しかし、仮眠スペースを区切った布の向こうへと潜り込む前に足を止めると、ユナリアスはテミスを振り返ってか細く言葉を残す。
そんなユナリアスに、テミスはクスリと不敵な微笑みを浮かべると、穏やかな声色で短く返事を告げたのだった。




