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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第30章

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1988話 遥かなる記憶

 温かい海の中を揺蕩っているかのような感覚に、テミスはゆっくりと瞼を開く。

 しかし、視界に飛び込んできたのは、目を閉ざしていた時と変わらない黒一色の世界で。

 傍らを見やれば、人肌程度の温もりを感じていた液体も、ただゆらゆらと揺れているだけの黒い何かだった。


「…………」


 あぁ、夢か。

 考えるまでも無く、眼前の異様な光景をそう結論付けたテミスは、再び視線を真っ黒な中空へと向けて力を抜いた。

 朦朧としているもののテミスには、フリーディア達の手によって自身の天幕へと運び込まれ、手当てを受けていた記憶がある。

 ここが死後の世界である可能性も僅かに頭の端を過りはしたが、戦場でもなく、味方の拠点の中で手当てを受けたにもかかわらず死ぬ事は、まずもってあり得ないだろう。


「……というか、死んでいたら間抜けすぎるだろう。死因として最悪すぎる。訓練ではしゃぎすぎて失血死だぞ」


 誰に向ける訳でもなく、苦笑いを浮かべたテミスはひとりごちると、なんとも言えない心地よさに、しばらくの間ぼんやりと意識を微睡ませた後、ゆっくりと瞼を落としていく。

 だが……。


「おいおい。寝るな寝るな。こんな所で」

「っ……!?」


 不意に、意識を手放しかけたテミスのすぐ傍で、呆れたような男の声が響くと、完全に閉じかけていたテミスの目が一気に見開かれる。

 しかし、視界に飛び込んできたのは相も変わらず黒一色の世界だけで。

 まるで真隣に座って語り掛けているかのように聞こえた声の主は、姿形すら捉えることはできなかった。


「はは……探しても見えないぜ。お前サンにはな」

「……誰だ? これが夢でないのなら、質の悪い術か何かか?」

「心配すんな。間違ってない。夢だよ夢。あと言っておくと、俺はお前サンの敵なんかじゃねぇ」

「そうか。それで? 敵ではないのなら、何の用だ?」

「そんなにピリピリすんなって。ちぃっとばかし、懐かしかったから出てきただけさ」

「懐……かしい……?」

「おうよ」

「っ!!?」


 何処からともなく響く男の声が、とても穏やかな声色でテミスに告げると、見渡す限りの黒い水面だった世界が瞬く間に形を変える。

 形を変えた後も、相変わらず色は黒一色だったが、つい先ほどまでの世界とは異なり、明確に何処かの部屋の形を帯びていた。

 枕元にごちゃごちゃと置かれた大きな機械の類。

 飾り気のないのっぺりとした壁には、シンプルな時計だけがかけられていて。

 大きな窓の外は黒一色で塗り潰されているものの、部屋の中に設えられた設備や物は、どれも記憶に残る彼の世界の品物だった。

 そしてその部屋の中心に置かれた柵付きのベッドの中心に、テミスは身体を横たえていた。


「これは……?」

「今のお前サンの状況を考えれば、お誂え向きの場所だと思うが?」

「病院……」

「正解。懐かしいだろ? 思い出さねぇか? 前にも、似たような事があった筈だ」

「…………」


 ピッ……ピッ……ピッ……と。

 音など聞こえない筈なのに、今にも規則的に刻まれる機械の音が聞こえてきそうな空間の中で。

 テミスは何処からともなく響く声に導かれて、記憶が過去へと遡っていく。

 ……そうだ。これは適当に作り出された光景などでは無い。

 私は確かに、この景色を知っている。

 足りない。この場にはまだ一人、傍らでずっと泣き続けていた奴が居た筈だ。


「ぁ……!?」


 忘却の彼方に消えていた記憶を手繰り寄せた刹那。

 気付けばテミスの傍らには若い一人の男が、簡素なパイプ椅子に腰掛けて俯いていた。

 しかし、その男は肩を震わせて泣き濡れている事以外に思い出せる事は無く、湧き出た男も俯いて肩を震わせている以外に動きを見せる事は無かった。


「…………」


 しかし。

 その光景を見ただけで、テミスの胸の内を途方もないやるせなさが襲う。

 あぁ。そうだ。

 これは紛れもなく過去の記憶。

 とある事件でヘマをやらかした同僚が逃がした犯人を追いかけ、大乱闘の上で捕らえた時のものだ。

 あの時。気付いたら『俺』の腹には大きな刃物が突き刺さっていた。

 けれど、下手を打った同僚はこの事件が切っ掛けで……。


「無茶はほどほどにしておけよ? 後悔は一度だけでいい。そうだろ?」

「ハッ……!?」


 曖昧だった記憶が掘り起こされた瞬間。

 再びどこからともなく男の声が響き、テミスは鋭く息を呑んだ。

 気が付けば。あの黒一色だった世界は消え去り、テミスは簡易ベッドの上に身体を横たえ、見慣れた天幕を見上げていたのだが……。


「スゥ……スゥ……」


 傍らから響く寝息に気が付いたテミスが視線を向けると、そこには察するに看病についたまま寝入ってしまったのだろう、ベッドの傍らに置いた椅子代わりの木箱に腰を掛けたフリーディアが、穏やかな寝息を立てていたのだった。

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