1987話 悔恨を越えて
天幕へと運び込まれたテミスは、フリーディアとユウキによって治療を施され、眠るように意識を手放した。
今のところ容態が落ち着いているとはいえ、テミスの失っていた血は少なくなく、回復に数日以上を要するのは確実だ。
「っ……!!」
テミスの看病をユウキ任せ、フリーディアはユナリアスへ現状を共有すると、自身の不甲斐なさに固く歯を食いしばる。
この事態を招いてしまった非が誰にあるのかなど、もはや問うまでもない。
全ては自分の認識の甘さに原因がある。それを理解しているからこそ、フリーディアはただひたすらに自身を責め続けていた。
「了解。モルムス司令には私の方から上手く言っておくよ。さっき見ていた感じだと、フォローダ防衛隊の面々については心配ないと思う。なにせ、話題はずっと、キミたちの見せた剣戟の話題一色だったからね」
「…………。ありがとう、ユナリアス」
「……確かに反省は必要だと思う。今は私の他に誰も居ないから構わないけれど、キミがそんなに塞ぎこんでいては皆の士気に関わるよ」
「わかってる。わかっているわ……。でも……」
テミスの手当てをしているうちに、どうやら訓練は終わってしまったらしく、人気のなくなった広場で、フリーディアはユナリアスの助言に言葉を詰まらせる。
今日の訓練が絶対に必要であったことは間違いない。
けれど、大怪我をしているテミスを引っ張り出したのは、どう考えても間違いだった。
どうしてこんな事になってしまったのか。ぐるぐると頭の中で渦巻く後悔の答えを、フリーディアは既に知っていた。
悔しかったのだ。
単身でアイシュという強大な敵と相対していた、テミスの戦いを侮られて。
それもモルムス司令だけではない。彼の旗下の騎士たちの中にも、この戦いで唯一の負傷者であるテミスの事を、嘲り笑っている者も居た。
だから、どうしても証明したかった。
テミスはきっと、そんな連中には勝手に言わせておけ……と、冷ややかに一笑するのだろうけれど……。
「ユナリアス……私、何やってるんだろ……」
どうしようも無い馬鹿だ。と。考えれば考えるほどに、フリーディアは己の心を深く追い詰め、眼前のユナリアスへ縋るかのように震える声で弱音を零す。
いくら強くても、テミスだって一人の人間だ。
限界なんてものはあって当然だし、怪我をしたまま動けば傷口が開くのだって当然だ。
それでも。心の中の何処かで、テミスなら大丈夫。
……そんな思いがあったのは確かで。
「わた、私っ……! いつものテミスなら、数日寝てればすぐに平気な顔をしていたからって……」
「落ち着いて。フリーディア。それを言うのなら、私も同罪だ。彼女ならきっと平気だろう……。根拠もないのに、何故かそう思い込んでいたからね」
浅い呼吸で自責を繰り返すフリーディアに、ユナリアスは静かに腕を伸ばして抱き寄せると、穏やかな声でゆっくりと宥めた。
尤もユナリアスには、ノルの一件で思い当たる節が無かった訳ではないのだが。それがあったとしても、確認を怠ってしまったのは事実だった。
「彼女の目が覚めたら、一緒に謝ろう。大丈夫、きっと許してくれる。天幕へ連れて行った時も、彼女は君を責めなかったんでしょう?」
「っ……うん……。でもいっそ、責めてくれた方が良かったわ……。無理矢理叩き起こしたお前のせいだ……って」
「それはきっと、君を責めた所で、意味が無いと知っているからじゃないかな? 事実として、フォローダ防衛隊に彼女が侮られていたのは確かなんだから」
「でも……もしかしたら、もっといい方法があったかもしれない! テミスに無理をさせなくてもすむ方法がッ……!!」
「そうかもしれないね……けど……」
悲嘆に暮れるフリーディアを抱き寄せたまま、ユナリアスは紡いだ言葉を止めると、静かに今にも涙が零れそうなほど潤んだフリーディアの瞳を覗き込んだ。
そして、そのままゆっくりと息を吸い込むと、真剣なまなざしでフリーディアの瞳を見据えたまま言葉を続ける。
「いつまでもこうして悔んでいたら、彼女が無理を押してまで成し遂げてくれた事が全て無駄になるよ。私達が今すべきことは、犯してしまった過ちを悔んで、そうならなかったもしもを考え続ける事じゃないはずだ。違うかい?」
「ユナ……リアス……」
「後悔はあとで一緒にしよう。一緒に謝って、一緒に怒られよう。だから、今は……」
ユナリアスが柔らかながらも芯の籠った声色でそう告げると、悲嘆に染まっていたフリーディアの瞳に、ゆっくりと生気の光が戻ってくる。
そして……。
「っ……! そうね……そうだわ……! ごめん、ユナリアス。ありがとう。私、テミスの頑張りを無駄にしてしまう所だった……!」
フリーディアは目尻に浮かんでいた涙を拭うと、噛み締めるようにユナリアスへそう告げながら、力強く頷いてみせたのだった。




